2012年3月1日木曜日

卒業式式辞


卒業式式辞

ただいま、卒業生〇〇名に卒業証書を授与いたしました。
ご卒業、誠におめでとうございます。卒業生の皆さんは、明日から
新しい生活への希望を胸に、それぞれの進路へと旅立ちます。この
門出に当たり、皆さんの未来に幸多からんことを心からお祈りいた
します。また、この間、お子様を育み、支えてこられた保護者の皆
様方には、改めてお喜び申し上げます。

卒業生の皆さんは本校の「自由・自主・自立」の精神を受け継ぎ学
習や部活動、学校行事などに 熱心に取り組み、知力と体力を育んで
きました。これから皆さんは、それぞれの新しい進路でご活躍され
ることと確信しています。この皆さんの門出に当たり私から一言、
言葉をお送りしたいと思います。

私が本日、皆さんにお話ししたいのは、リーダーシップに関するもの
です。というと、不思議に感じる人も多いのではないかと思います。
といいますのは、私の本業は数学であり、数学者という人種は、基本
的に一般世間からは離れたところでたった一人思索を行うのが仕事で
あり、リーダーシップという言葉からはもっとも離れたところにいる
人間だからです。しかしながらあえて私は数学者から見たリーダーシ
ップというものについてお話ししてみたいと思います。

私が大学院に入学したのは1981年です。そのころには「数学者に
なりたい」という希望を強く持っていましたが一方でその道が容易な
ものではないこともよくわかっていました。ところでこのころアメリ
カの数学者サーストン(1983年フィールズ賞受賞)がプリンストン大
学で行った講義の講義録が話題になっていました.この講義録で取り
扱われているのは三次元双曲幾何学と呼ばれる分野です。この双曲幾
何学というのは2次元ではそれまでに様々な研究がなされており、ま
た4次元以上ではかなり限られた空間になるということは知られてい
ました。この講義録はそれまであまり注目される事のなかった3次元
が,実は他の次元と全く違った様相を持っており,またとても豊かな
世界であることを明らかにしたものです.当時は、まだワープロは一
般的ではなく,タイプライターで打った原稿に手書きの図を添えたも
のを写真製版したという手作り感あふれる本でした.

内容はというとほとんど未開拓のこの分野を記述するための概念や基
礎的な結果を全て自前で準備することを目標としており,また説明も
さらっと書いているとい感じで、はっきり言って,あまり読みやすく
書かれているとは.言えないものでした.当時私はこの内容を理解し
ようと悪戦苦闘したのですが、大学院に入学したてのひよっこである
私には、当然ながらなかなか読み進むことができませんでした.特に
この本の最初のほうに出てくる「双曲的デーン手術」という概念はそ
の後の理論の展開のカギとなる大きな壁でした.

当時は研究集会等を通してサーストンの業績に関する様々な情報も手
に入りましたが、そのような情報がいくらたまっていっても、自分自
身は納得しきれない。なんだか気にはなるけれども,よく分からない,
というもやもやした状態が続いていたわけです.

そんな悶々とした毎日を送っていたわけですが、あるとき,研究集会
(だったと思いますが,どうもはっきりとしません)で東京都立大学
の小島先生という方と話をしていたときに,どんな成り行きだったの
か思い出せませんが,

「双曲的デーン手術というのは有理数だけに定義されているこれまで
のデーン手術を無理数にまで連続的に拡張するものですよ」

というコメントをもいただいて,その瞬間にこの概念のアイディアが
理解できました.「有理数の上で定まっているものを無理数まで拡張
する」たったこれだけの言葉です。しかしこの言葉はその時の私にと
っては決定的な意味がありました。この概念が理解できたときの驚き
と嬉しさは,人生のうちでも何回もないというくらいのもので,その
アイディアの単純さ力強さに感動してしばらく呆然としていたのを憶
えています.

ところで当時私のいた大学院生室には漫画家美内すずえの「ガラスの
仮面」というコミックが揃っていて院生の仲間で回し読みをしていま
した。このガラスの仮面は北島マヤという少女が舞台女優を目指して
成長してゆく姿を描いたものです.この作品の中でマヤはいろいろな
役を演じるわけですが、その中で北島マヤが演じた人物の一人がヘレ
ン・ケラーです.ヘレン・ケラーが実在の人物で、幼いころの病気に
よってものも見えない、聞こえない、そしてしゃべれないという三重
苦を克服した偉人であるということは皆さんご存知だと思います。三
重苦のためで外界から閉ざされた世界に住んでいた子供時代のヘレン
にたいして、教育係としてつくことになったサリバン先生は何とかし
て普通の子供としての教育を施そうとします。先ずヘレンに会話の方
法として指文字を教えようとするのです。ヘレンは様々なものに触れ
てそれに対応する指文字を覚えますが、最初はそれを単なる遊びとと
らえるだけで、ものには名前があり、指文字はそれを表す言葉になっ
ているということすら理解できませんでした。ところでヘレンはとて
も頭のよい子で病気にかかる前、2歳のほんの子供の時にwaterとい
う単語を覚えていたのですが、そのことを知ったサリバン先生はヘレ
ンを井戸のところまで連れて行きそこで実際に水を触らせ、そこで指
文字でwaterとつづることを通して「ものには名前がある」というこ
とを悟らせたのです。ヘレンにとって世界が根本から変わったこの瞬
間をマヤは,どのように舞台で表現しようとしたか。
のちに“奇跡の瞬間”と呼ばれるこの場面を彼女は

水がいっぱい詰まった風船がはじけた瞬間

と解釈して,舞台の上で表現しました.

さて、今日はリーダーシップ、についてお話をするといいました。リー
ダーとしての条件は人それぞれ、それこそ山のようにあります。今日、
私は皆さんにリーダーが果たすべき役割を一つだけ述べたいと思いま
す。たった一つです、簡単に覚えられますよね。今日私が皆さんにお
話ししたいリーダーの条件、それは

「今まさにはじけそうなくらい水がたまった風船になっているような
もの、これは具体的には人や組織などいろいろなものをさしてします、
を見分けて、それがはじけるきっかけを与えることのできる人」

ということです。リーダーは後に続くものたちに水を注ぎ込むことは
必要です。しかし、ひたすら水を詰め込むだけでは、よいリーダーと
は言えません。みなさんはどのような立場になるにしても将来はリー
ダーとして活躍してゆくことが期待されている人材です。将来そのよ
うな立場になったときに、

今まさに水が溜まって弾けそうになっているものを見分けて、そして、
その人にまさに最適な方法で弾けさせることができる、

そのような人間になってほしい。これが、私が今日皆さんにお伝えし
たいメッセージです。

さて、今日ここにおられる卒業生の皆さんの中には望みどおりの進路
に進めることになった喜びに溢れている人がいる反面結果的にはその
ようにならなかった人もいるかと思います.また,もしかしたら,家
庭の事情,身体的な問題などで望む道に進むことを諦めなければなら
ない人もいるかもしれません.しかし人生の先輩として私は皆さんに
言いたいと思います。

あなた達の人生は今始まったばかりです。皆さんの前には無限の可能
性が広がっているのです。そして今難しい状況になる皆さんも含めて
あえて

創造的な生き方そして他人の成長に貢献できるような生き方はどんな
状況にあってもできる

ということを強調したいと思います.そして,皆さんには

この「創造的な生き方はどんな状況になっても出来る」というメッセ
ージを,周りの人に伝えて行ける,そんな人間になっていただきたい
と思います.