2023年3月20日月曜日

2022年度終了式

 間もなく今の学年が終わりとなります。

皆さんにとってこの一年はどんな一年だったでしょうか?・・・このように聞かれた時に、当然皆さんはコロナのことを思い出すと思います。

実際世の中ではこの三年間ずっと新型コロナウイルス感染症に振り回されてきました。


今から三年前のちょうど今頃、日本に入ってきたコロナがどんどん広がっているところでした。またテレビなどで次々とコロナにかかった人が亡くなるといったことが放映されていました。その時は

「コロナにかかる人はものすごい速さで増えていっているのに、どんな治療をしたら良いのかわからない」

ということで先生はとても不安な気持ちでした。他の人たちもきっと同じような気持ちだったと思います。4月には、緊急事態宣言と言って大阪・京都・兵庫などに住む人たちはできるだけ家から出ないようにと政府からお願いがありました。


皆さんも、4月に新しい学年が始まったのにすぐ学校や幼稚園・保育園に行けなくなり、オンラインで授業を受けないといけなくなりました。運動会や遠足などの行事もなくなり、友達と一緒に遊ぶこともできなくなりました。それでも、なんとか5月の終わりには、少しずつ外に出ていくことができるようになりましたが、コロナは完全に無くなることはなく、その後も何度も何度も流行を繰り返しそのたびに学校はお休みになりました。日本だけではなく世界全体が沈んだ気持ちになっていたといえるでしょう。


しかし、そのような中、希望を感じさせてくれることもありました。先生が感じた一番大きな嬉しい驚きの一つはコロナワクチンの開発です。


ワクチンの開発というのはとても手間と時間がかかる仕事で、普通は3年、どんなに急いでも2年はかかるだろうと言われていました。これではとても間に合わない、と思っていました。しかし実際には一年も経たずワクチンが完成してアメリカで接種が始まり、その後に日本でもワクチン接種がはじましました。なぜこんなことができたかと言うと、その理由はmRNAワクチンというこれまでにない新しいワクチンの技術を使ったからです。


さて今日は、この mRNAワクチンの研究と開発を行った究者のお話をしたいと思います。


このmRNAワクチンの研究をしたのカタリン・カリコ博士というハンガリー生まれの女性科学者です。博士は親の精肉店を営んでいてあまり豊かでありませんでした。大学を出たあと地元の研究機関で研究員として働きましたが、研究所からお金を出してもらえなくなったことからハンガリーでは暮らしていけなくなり。1985年博士が30歳のとき、夫と当時2歳の娘さんの3人で研究するためにアメリカに渡りました。当時ハンガリーはお金を自由に持ち出すことができなかったため、カリコ博士は娘さんのぬいぐるみの中に900ポンド(多分日本円で20万円もないと思います)、これが博士のお家の全財産でした、を隠してアメリカに持ち込んだということです。


https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/world-situation/still/hungary_06.jpg


しかしアメリカに渡っても博士の研究は決して順調ではありませんでした。mRNAをワクチンとして使うには色々都合の悪い性質があったのです。博士はそのような悪い性質をなくすためにはどうすれば良いのか研究を進めていました。博士の研究のおかげで、少しずつmRNAをワクチンとして使うための方法がわかっていきます。しかしその研究はなかなか認めてもらえなかったんです。ついには大学から研究費ももらえなくなってしまい大学をやめなければならなかったのです。しかし博士は諦めず薬の研究をする会社で研究を続けました。


このようにmRNAには技術的に難しいところもありがましたが、いいところもありました。ワクチンを作るのにウイルスそのものを使わず、遺伝子のデータさえあれば、短い時間でワクチンをつくれるのです。これが、今回1年もかからずワクチンを作ることができた理由です。カリコ博士の研究はコロナに限らずこれからの私たちの健康にとって大きな役割をはたしてくれるだろうと言われています。このような大きな貢献をしたカリコ博士は今年のノーベル賞を取るかもしれない、と噂されています。先生も10月のノーベル賞の発表を楽しみにしてます。


このようにどんなに苦しくても自分の研究を続けたカリコ博士は素晴らしい人だと思います。それにつけたして先生はカリコ博士についてこれとは別のことで素晴らしい人だと思いました。今日はそのお話もしてみたいと思います。


博士はインタビューの中で

「コロナとの戦いでの本当のヒーローは、コロナ患者の看病をした人や街や建物の掃除をした人だ」

と言われていました。これはどういう意味なのでしょうか。少し説明しますね。


皆さんはエッセンシャルワーカーという言葉を知っていますか・・・あまり聞いたことのある人はいないようですね。エッセンシャルという言葉は「本当に大切な」という意味でワーカーというのは「仕事をする人」という意味です。「本当に大切な仕事をしているひと」とはどんな人だと思いますか?皆さん想像できますか?


例えば皆さんはが家にこもってオンラインの授業を受けている時も、皆さんが食べる肉や野菜を加工する人や生活に必要なものを運んでいるトラックの運転手といった人たちは休むことができません。エッセンシャルワーカーというのはこのような人たちのことを言うのです。そしてヨーロッパではこのような肉の加工をしている人たちの中からコロナに感染した人がたくさん出ました。日本では、トラックの運転手さんたちに心無い言葉を投げかける人がいたりもしました。今は、肉の加工をしてくれた人や運転手さんたちの活動がどんなに勇気あるものだったのかわかる気がします。


ところでカリコ博士のおうちは、どんな仕事をしていたか覚えていますか?・・・そう肉屋さんでしたよね。博士の心の中にはこのような人たちに対する、気持ちが自然に浮かんできたのだと思います。



https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/world-situation/still/hungary_03.jpg


コロナは、大きな災害でした。まだ終わったわけではありませんが先生はコロナを通してエッセンシャルワーカーという大切なものについて学べたような気がします。そしてこのような学びをいろいろな事を考えるための参考にしたい、と思っています。コロナという災害を通して学べることはもっともっとたくさんあります。皆さんも是非とも考えてみてもらいたいな、と思います。


さて春休みが始まります。この休みの期間、皆さんがこのようなことを考えるためのきっかけになったらいいな、と思っています。


2023年3月10日金曜日

しなやかなに課題を解決する力

 (以下は本校の育友会の発行している冊子に昨年(2022年)寄稿した文章を若干改変したものです。

今年に入ってから3年月組の生徒たちが、校庭の隅で何やら建築作業のようなことをしていたのですが3月には高さ1.4メートルほどの縄文時代の竪穴式住居のレプリカが出来上がっていました。この仕掛け人は清水先生であるとの情報がありましたので直接お話をお聞きしましたところ、昨年の12月頃から縄文時代をしごと学習のテーマとしていて、子供たちは勾玉を作る体験を紹介したり、貫頭衣を作ったり、縄文時代に行われていたアンギン編みと呼ばれる布を麻の糸で編んだりとさまざまな学習が行われ、そこから展開した成果物の一つが右記の竪穴式住居とのことでした。
ところで岸田首相は自身の看板政策の一つとして「新しい資本主義」を掲げています。巷間では、トマ・ピケティの「21世紀の資本」や斎藤幸平氏の「人新世の「資本論」」がベストセラーとなるなど、「資本主義」という今の経済の基本システムを修正または変更していこう、という世界的な流れがあります。さてこれに関連して強調しておきたいことが一つあります。それはこのような社会構造のあり方に関する議論はこれまでも何度もあったのですが、昨年(2021年)「IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第6次評価報告書」で「2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする脱炭素社会の実現を目指す」という目標が設定されました。つまり2050年という締め切りのはっきりとした対応が同時進行で求められている、という意味で現在の状況はこれまでのものよりより複雑なものとなっている、ということです。ただ経済学のことを何も知らない私が偉そうに言う資格はないことは予めお断りしておきますが、ピケティや斎藤氏の問題提起には説得力はあるもののそれを実現する政策に落とし込む方法は?というと「一部の人に偏っている富を累進課税などの制度を利用して強制的に徴収しそれを経済的な弱者に再分配する」等、トップダウンによるもので、率直に申し上げて実行にあたっては色々と困難があるように見えます。一方で、ですがこれらの問題に関連して安宅和人氏は「シン・ニホン」の中で「先進的なテクノロジーを積極的に取り入れながら自然と人間が共に豊かに生きることができる未来像」を描き・実現していく「風の谷」(この名称はアニメ「風の谷のナウシカ」に由来します)というプロジェクトを提案されています。またこれとは別のものとして、日本に豊富にある森林資源をエネルギー源として活用し生活の利便性を損なうことなく、自然災害などに対してロバストな生活の基盤を構築し、さらにはこれを社会のセーフティネットとすることにより多くの人々が幸福感を持てる社会を実現しようという藻谷浩介氏の「里山資本主義」という活動がすでに各地で実践されています。これらの活動を見ると今私たちの前にある二つの課題
・ポスト資本主義の提案・実現
・地球温暖化問題
は、例えば「原子力発電vs. 再生可能エネルギー」といったような、対立構造で捉えるのではなく、両方に同時に、そして柔軟な柳の木が降り注ぎ続ける雪の中にあっても折れることが無いが如く「しなやかに対応」していくことが可能なのではないか、という希望を感じさせてくれます。
さて私は最近まで、縄文時代というのは、狩猟採集を基盤とし竪穴式住居に住み縄文式土器を使う原始的会、といった程度の貧弱な認識しか持っていなかったのです(お恥ずかしいことです)が、清水先生の取り組みに影響されて少し調べたところ、近年その研究が急速に進んでおり例えば次のような特徴を持つことを知ることができました。(なお、一口に縄文時代と言ってもその時期により大きな違いがある為、以下の記述は非常に杜撰なものであることはご注意ください。)
・今から約1万6500年前から始まり3000年前〜2400年前まで(135世紀以上!)続いた世界的にも稀な長期文明である
・他の地域の多くの狩猟採集民とは異なり定住をしていた。それらの定住地の間ではかなりの広範囲で物々交換による交易が行われていた。また本格的な農業は行われていなかったものの食用の植物を植林していた形跡がある。
・居住地に環状列石といった構造物あった他、燃え盛る焔(ほのお)を模したと思われる火焔型土器といった、高い精神性に基づくと思われる遺物が数多く見つかっている。
その他挙げればきりがないのですがかつてこのような高い持続可能性を有した社会が実際に存在したことは驚きを禁じ得ませんでした。
ところで最初にご紹介した清水先生のしごと学習で先生は「学校の中でできる限り縄文人の生活をやってみよう」という課題を提起されただけで、特定のゴールは設定しなかった、とのことでした。私はこのような「フワッとした」目的に向かわせる実践は子供たちがこれからの人生で直面していくであろう、ポスト資本主義のような課題に対して「しなやかに解決する力」につながると感じました。このような学習のできる本校には素晴らしいポテンシャルがあると信じています。

算数・数学教育に期待するもの

(以下は本校の育友会の発行している冊子に寄稿した文章を若干改変したものです。

2021年1月、それまでの大学入試センター試験を引き継ぐ形で、大学入学共通テスト(以下、共通テスト)が実施されています。コロナ禍の影響もあり大混乱の中で行われた第一回目のそれは、大学入試センターとはあまり大きな変化はなかったような印象でした。ところが、2022年1月に行われた第二回テストでは一転して難易度が上がり平均点が大幅に低下、受験関係者をパニックに陥れたのでした。特に目立ったのは数学の難化で科目「数I・A」では平均点が約20点下がりました。具体的にはどんな問題が出たのか、ここで数I・Aの問題を少しご紹介します。ここで「数学の問題」と聞いてこの小文を読むのをやめてしまう方がおられるのではないかと心配しております。なるべく数式は使わない説明をするつもりですが、「数学の話は見るのも嫌」という方は次の段落を飛ばしていただいても趣旨は理解できますので、あまり気にせずに先にお進みください。

この問題はハイキングに来た太郎くんと花子さんの会話で構成されており、その中で直角を挟んで底辺の長さが1、高さが0.2867の直角三角形の縮図が出てきます。ただし、この三角形は本物を縮尺したものではなく、本物の三角形を水平方向には10万分の1、高さ方向には2万5千分の1に縮尺したものになっています。この時、本物の三角形の底辺と高さの比を求めなさい、というのがこの問題の実質的な内容となっています。参考までに解答の概要を紹介すると水平方向の縮尺は10万分の1ですから、本当の三角形の底辺の長さは10万、高さ方向の縮尺は2万5千分の1ですから本当の高さは0.2867×25000=286.7×25=7,167.5となります。よって本物の三角形の高さと底辺との比(の値)は7,167.5÷100,000=0.071675となり、これを使えば答えを導くことができます。

以上ごちゃごちゃと説明をしましたが、ポイントはこの問題は高校で習う三角関数に関するものですが、実質的な計算の部分は小学生にもできる比の考え方と掛け算と割り算であったと言うことです。ではなぜ2022年に、共通テストの問題はこのような変化したのか、そしてこの変化をどう理解すべきか、考察したいと思います。

2022年6月2日に内閣府は「Society5.0の実現に向けた政策パッケージ」(以下「政策パッケージ」)と題された資料を発表しています(なお、Society 5.0というのは、「IoTやAIによるビッグデータ活用・自動化によって起こる技術革新が実現する超スマート社会」とされており、政府はこの実現を日本の目標と位置付けています)が、この資料の8頁では「私たちを取り巻く社会構造のこれからの変化」を説明したポンチ絵が挙げられています。その中で左側(:これまでの世界)には人が縦に積み上がったピラミット型の組織の図が描かれ、右側(:これからの世界)ではフラットに広がった人たちが、分野・業界を超えて連携して問題に取り組んでいる姿が描かれています。さらにその時に必要とされる素養は「分野と関係なく一気に解けるアプローチ」により「分野や業界を超えた「よそ者」と一緒にパートナーとなり」思考・発想できる力、とされています。この文書では、これからの世界の人々のあるべき姿このように想定し、これからの教育ではこのような社会で活躍できる人材の育成を目指すべきとしています。


https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/mirai_jinzai/pdf/005_s02_00.pdf

このような課題を受けて私たち教育者はこどもたちにどのような力をつけてもらうようにすべきか?このことを考えた時に私にはまず2003年のPISAショックと呼ばれる出来事が思い出されます。OECD(経済協力開発機構)は3年ごとにPISAと呼ばれる国際的な学習到達度調査を実施していますが、日本はこの調査の数学的リテラシーの部門で2000年に1位だったのが、2003年には6位に転落、読解力に至っては14位となり、これが契機となってそれまでの「ゆとり教育」から「脱ゆとり教育」へと転換し、授業時間や教える内容の増加、さらに、全国学力テストの復活にもつながった、と言われています。この頃は、PISAで好成績を挙げたフィンランドの数学教育に注目が集まり、多くの研究者により様々な考察がなされています。例えばフィンランドでは数学の学びを4つのカテゴリーに分けてその中の「数字を扱うスキル(を身につける)」では、小学校では足し算の学習で「2+□=7の時、□は何ですか?」といった問題を取り扱う、といったことなどが紹介されていました。その後日本でもこのような学習方法が導入されていますが、走馬看花と言うのは失礼ですが、その本質がどこまで理解され実行されているのか、いま一つよくわかりません。

そのようなことを考えている中、昨年(2022年)本校で実施した「学習研究集会」で、本校の河田学級の公開授業、1年生の(「けいこ(算数)」)の学習を拝見しました。そこで河田先生は「1+1」、「1+2」、・・・、「9+1」といった一桁の数の足し算が書かれた45枚のカードを使って「これをきれいに並べなさい」という課題を出しておられました。私はこの「きれいに」という言葉を聞いた時19世紀から20世紀にかけて活躍したフランスの数学者ポアンカレの次のような言葉を思い出しました:

一体、数学上の発見とは何であろうか。(中略)発見とは識別であり選択である。(中略)有用な組み合わせとは正にもっとも優美な組合せである。(ポアンカレ『科学と方法』)

一般的に数学は「論理的な学問」あるいは「論理的思考力を訓練するための科目」と呼ばれていますが、一流の数学者は数学の本質を「美的感覚」と考えています。その意味で私は河田先生が子どもたちに出された問いはこれまでの算数・数学教育を本質的に超える可能性を秘めたもの、そしてそれが今教育界に求められているものの本質である、と感じています。


2023年3月10日 卒業式式時

 本日は、ご来賓や保護者の皆様をお迎えし、第112回卒業証書授与式を挙行できますことは、生徒、職員一同にとりましてまことにありがたく大きな喜びとするところであります。

ご臨席の皆様方に、心から感謝申し上げます。

また、この間、お子様を育み、支えてこられた保護者の皆様方には、改めてお喜び申し上げます。


卒業生の皆さんは、希望を胸に、新しい道へと進んで行かれます。

皆さんのこの門出にあたり、私からお祝いの言葉お送りしたいと思います。


さて、今世界は「分断」と「対立」という問題に苦しんでいます。例えばお金持ちと貧乏な人の収入の差はこれまでになかったくらいに大きくなっています。その結果、下の人たちは


「私たちのことを理解できない、上の人よりも、強力な権力を持った私たちを理解してくれる人に力づくで世の中を良くしてもらおう」


というやり方を期待するような動きが目立っています。このような時代に、皆さんはどのように生きていくことを目指すべきなのでしょうか。


一つは上の方の人になることを目指すこと、ということです。ほんの少数の上の人になることによって幸せになれるという考え方です。またそれとは逆に下の人々をまとめる人間になって力づくで世の中を変えていく、という考え方もあるでしょう。しかし先生にはこのようなやり方は、どちらにしても、正しいとは思えないのです。


今日は、このような問題について最近先生が考えていることについてお話ししたいと思います。


今から65年前の1958年、この年は先生の生まれた年でもあるのですが、ロシアのベリャーエフという学者は、ギンギツネというとても凶暴なキツネを人を懐くようにするのにどれくらい時間がかかるのか?ということを調べ始めました。ギンギツネ(以下「キツネ」とします)は人が手を出すと指を噛み切ってしまうくらいに乱暴で絶対に人には懐かないだろうと言われていました。

ベリャーエフは人間に興味を持つキツネ同士の子供を生ませ、その子供から生まれた子供の中から人間に興味を持つもの同士からまた子供を産ませるというということを繰り返しました。すると、たった6年後には人間に懐くキツネが生まれてきたのです。動物が変化するには何十万年とか何百万年かかるのが、常識ですからこの結果に研究者達はびっくりしました。


ところでこの人に懐くようななったキツネは性格だけではなく体の形も変わっていきました。体は小さく、骨も細くなってしまました。このように、人に懐くようになったキツネは、力が弱くなってしまったように見えました。実際、昔の荒々しかったキツネと1対1で喧嘩をしたら、必ず負けたことでしょう。ところが、今から20年ほど前の2003年にブライアン・ヘアというアメリカの学者が、人懐こいキツネと荒々しいキツネの頭の良さを比較する実験を行ったんですね。そうすると人懐こいキツネの方が、いろいろな問題を解決できることが分かったんです。


さて、先生にはこのキツネの実験が


私たちがみんなで力を合わせること、そしてそのためにはみんながお互いに理解をしあおうとすることが大事だ


と教えてくれるように見えます。


自分と違う人たちとも、ちゃんと話をして、話を聞いて、お互いに尊重しあって、一緒に問題を解決することでいい未来がつくれる、そしてそれにはそんなに長い時間は必要ない、


と言っているように思えるのです。ところで振り返ってみると皆さんは本校で六年間毎日


おはなし、つけたし、おたずね


を、そして授業中には


めあて、ふりかえり


を繰り返してきましたね。そのやり取りの中で皆さんは人の話を聞きながら


「あの子のお話をもっと知りたいから、こんあおたずねをしてみよう」


などということを考えたのではないでしょうか。このようなやり取りを通して皆さんは人の話をちゃんと聞いて、一緒に問題に取り組む力を身につけてきたのだと思います。


さて、最初の話に戻りましょう。いま世界は「分断」という難しい問題を抱えています。このような時代に皆さんは


人とのやり取りと協力を通して問題を解決をしていく力


という宝物をもって飛び立っていくのだと思っています。それを身につけた皆さんは未来の希望だと先生は信じています。


未来は皆さんのものです。そして先生は皆さんの力に大きな期待をしています。

皆さんの未来に幸多からんことをお祈りしています。

頑張ってください。