2020年1月22日水曜日

サピエンス全史的視点からみたSociety 5.0の意義について(7)


Society 5.0の意義

ハラリは21 Lessonsの最後に瞑想について述べましたが、私はこれがSociety 5.0の世界において人のあるべき姿を示しているのではないかと考えています。IoTやAIはやがて個人をハッキングするに至るだろうと彼は述べています。その時私たちが目指すべき生き方は、徹底的に自己に向き合うことだとハラリは言っている様に思います。彼は次のように書いています。

自由意志という幻想を捨てると,深い好奇心が湧いてくる.
虚構の物語をすべて捨て去ったときには,以前と比べ物にならないほどはっきりと現実を観察することができ,・・・,人は何があっても惨めになることはない

また「ホモ・デウス」の終盤でハラリは人間が一人一人固有に持っていると信じている意識の存在が実は,非常に曖昧なものであること,更に宗教がその影響力を失いつつあることを指摘した上で,その先で人類はいかなる教義を行動規範として持つべき?という問を提出し,これに続く”第10章:意識の大海”で、まずその新しい”宗教”の可能性として”テクノ人間至上主義”と”データ教”という2つの可能性を上げています.この章では,ハラリはまず”心のスペクトル”の広大さについて次のように述べてます.

私達が想像している小島の住民は少なくとも,自分が,広大で神秘に満ちた海に浮かぶ,ほんのちっぽけな空間を占めているのにすぎないことを自覚している.一方私達は,ひょっとしたら際限のない,異質の精神状態の大海に浮かぶ,ちっぽけな意識の島に暮らしていることを正しく認識できずにいる.

”消えたい: 虐待された人の生き方から知る心の幸せ」の中で虐待を受けて育った人たち” の ”第五章 心はさらに広い世界へ”で高橋 和巳氏は次のように述べています。

・・・一方,異邦人(虐待を受けて育った人々)が生きてきたのは「辺縁の世界」である.そこでは社会的存在は曖昧で,彼らは確信を得られず,いつも自分の存在に戸惑い,不安定に生きている.

そして高橋氏はその心のあり方に肯定的な意味を見出すのです.

私達の心に広さは,共有する感情と規範の範囲である.しかしそれが心の全てではない.
実は,心はあなたが思っているよりもずっと広く,その外側にも深いところにも広がっている.
異邦人の証言は,その広い心の可能性を見せてくれた.

拡張された心には大きな可能性があります。数学の理論はそのような成果の一つですが、このように拡張された心が生み出すことのできる様々な精神のあり方が高橋氏の描いた世界なのではないでしょうか。

発達障害(自閉症スペクトラム)の人の中には偶然のめぐり合わせによって素晴らしい能力としてそれが発現する人がいます(サヴァン症候群)が、殆どの人は社会の不適合者として行きづらい人生を送ることになるのです。私はSociety 5.0の目指す世界は物的なものではなくもっと精神性に寄ったものであるべきと思っています。そしてそれはより広い心のあり方が許される世界なのです。我々が獲得する拡張能力はこのような世界を実現されるために使われるべきなのではないでしょうか。

私は、Society 5.0は次のようなものである、とまとめたいと思います。

自我を捨てて得られる安心感をテクノロジーで裏打ちする事によって、世界と自分の境界がなくなっていく意識を持ち、死の恐怖をも克服できる幸せ・・・が得られる世界


サピエンス全史的視点からみたSociety 5.0の意義について(6)


荒川修作と死なない子どもたち

2019年11月ハラリの最新巻 ”21 Lessons”が日本で出版されました。現在、我々が取り組むべき21のトピックについて述べたこの本の最後の21番目のテーマとしてハラリは「瞑想」を挙げています。前作ホモ・デウスの中でデータとアルゴリズムによって支配される人類の未来を描いた彼がこの暗黒の未来を克服するには徹底的に自己に向かい合うことが必要であると説いているように思われます。さてハラリは自著の中で何回か”利己的な遺伝子”のドーキンスについて言及しています。ドーキンスは

「人間を含めたすべての生物は遺伝子の乗り物に過ぎない」と述べ,「生き物のすべての活動は遺伝子が自分たちを残そうとする”利己的な戦略”に基づく」,

と主張したのですが前野隆司氏は”人はなぜ「死ぬのが怖い」のか”の中でこの見解をさらに一歩進めて

私達ホモ・サピエンスは(エピソード)記憶という能力を偶然手に入れてしまった。そのために「自分たちは生きている」という感覚(クオリア)を獲得した。そして「これを失いたくない」と思うから死を恐れているのであって死ぬのが怖いという感覚には意味がない

と述べています。死に関しては、もうひとり鍵となる人物をあげておきたいと思います。荒川修作は死を乗り越えることを目指した芸術家です。荒川は少年時代、疎開先で、負傷した少女が自分の腕の中で息を引き取る、という体験をしました。このとき彼は「二度とこんなことがあってはならない」、「私は徹底的に死に抗(あらが)う」と決心したといいます。彼の作品である「三鷹天命反転住宅」や「養老天命反転地」は ”自分と外界を分けるもの” を見直すこと(そして、「自分はあそこにもいる、ここにもいる」ということを自覚すること)を目指しています。このような感覚を持つことにより「自分は死なない」と言っているのです(森田真生”数学する身体”  の ”第一章 の「天命を反転する」”より)。

さてハラリが強調した瞑想ですが、これを極めた境地では、肉体が消えても自分は居る、という感覚をもつに至るとのことです。宝彩有菜氏の ”楽しもう、瞑想〜心に青空が広がる〜” の ”第5章修養の心構え 存在の至福とは”には:

(瞑想が深まると)「マインドや肉体」と、「自分」は違うものだという本当の体験をする・・・「私は、すっと、居る〜〜」というような存在の「至福」

が感じられると書かれており、この境地に達した人は死の恐怖をも克服できるそうです。

2020年1月19日日曜日

サピエンス全史的視点からみたSociety 5.0の意義について(5)


ホモ・デウスによる支配を超えて

2005年にレイ・カーツワイル(*)が「シンギュラリティは近い」という本の中で2045年にはAIの発達はAIの能力が人間を超える(シンギュラリティ)ようになる、と述べました.この本は一つのきっかけですが、いまAIのあり方について脳科学者、哲学者を巻き込んだ論争が行われています.


===============
(*)レイ・カーツワイルはアメリカ合衆国の発明家、実業家、未来学者。人工知能研究の世界的権威であり、特に技術的特異点(technological singularity)に関する著述で知られる。
発明家としては、OCRソフト、フラットベッド・スキャナー、"Kurzweil"ブランドのシンセサイザー、文章音声読み上げマシーンなどを開発している。(Wikipediaの記述を要約)
===============


このような議論の中心にいる一人がエジンバラ大学の哲学教授アンディ・クラークです。クラークは彼の著書「現れる存在」の書き出しで次のように述べています。

アンディ・クラーク「現れる存在」1頁
我々が作り出した最高の「知的」人工物は、なぜいまだに、言いようもなく手の施しようがないアホなのか。一つの可能性は、我々が知能(知性)そのものの本質を全く誤解しているということだ。

クラークは人間の知能の本質とは何か,という問いかけに対して「拡張された認知」という概念を提案しています。クラークの見解に賛同する人の一人にレスブリッジ大学心理学教授のルイーズ・パレットがいます.彼は,その著書「野生の知能:裸の脳から,身体・環境とのつながりへ」の中でメスのコオロギが結婚相手を探すにあたって,オスの鳴き声からオスのいる方へどうやって近づくのか,そのメカニズムはコオロギの鼓膜が前足の肘の部分にあることと気門で音を感じていることが重要な役割を果たしており,この構造のおかげでオスに近づくという,行動をわずか50個程度のニューロンによって実現していることを紹介しています.つまり,この身体的な構造が,コオロギにとってのフレーム問題(*)を解決する鍵となっているのです.

===============
(*)フレーム問題とは、人工知能における重要な難問の一つで、有限の情報処理能力しかないロボットには、現実に起こりうる問題全てに対処することができないことを示すものである。(Wikipediaより)
===============


これは、先天的にもっている「拡張された認知」の例ですが、このような能力は後天的に身につけることもできます。例えば猿に手の届かないところに置かれた食べ物を熊手を使って手元に引寄させる、という訓練をすると、やがて脳内のニューラルネットワークの繋がりに変化がおきてこの熊手が脳地図に組み込まれる。その結果この猿にとって

「熊手は身体化された」、

言い換えるとこの猿は

「拡張された身体を獲得した」

と言えるのです。
さてIBMはAIを「Artificial Intelligence(人工知能)」ではなく「Augmented Intelligence(拡張知能)」ととらえている、と述べています。(*)

===============
(*)
===============

このようにAI(人工知能を)「AI vs 人類」という文脈ではなく「人間の知能を拡張する仕組み(拡張知能)」と捉えようとする動きが最近出てきています。(*)
===============
(*)東京大学の國吉教授はさらに一歩進めてBI(Beneficial Intelligence:人間の利益になる知能)という表現を用いています。
===============

私は、Society 5.0の本質は、この「拡張知能の獲得」にあるのではないか、そしてそれは認知革命や科学革命に匹敵する世界観の変革ではないのだろうか、と捉えています。
ではこの拡張知能は私達にどのような未来を与えてくれるのでしょうか。



2020年1月5日日曜日

サピエンス全史的視点からみたSociety 5.0の意義について(4)


自由意志への疑問と新しいカースト制度(ホモ・デウスの誕生)

これに関し連して最近の脳科学の研究では人間の自由意志の存在を否定するような研究の報告が相次いでいます.1983年にカリフォルニア大学サンフランシスコ校のリベット博士は被験者の前に画面の中を時計の針のようにぐるぐる回る点を見せて好きなタイミングで手を動かしてもらい,その時の

(1)指を動かそうと思った時刻
(2)脳で運動の指令が発生した時刻
(3)実際に指が動いた時刻

の測定を行いました.その結果それぞれの事象が起きた順番は

(2)(指を動かす信号が出る)→
(1)(指を動かそうと考える)→
(3)(実際に指が動く)

となっていたのです.常識的に考えれば,事象は(1)→(2)→(3)の順に起きるはずなのに,この結果はどのように理解すればよいのでしょうか.一つの可能性は「人間は自由意志など持っておらず,その行動はDNAに刻み込まれたアルゴリズムによって動いており,人間が自分の意志と考えているものは,その動きに対して後付で物語を作っているに過ぎない」という可能性です.人間の自由意志の存在についてはまだ結論は出ていませんが,上記の仮設を支持するような事実はその後も次々と発見されています.(*)

===============
(*)”「つぎはぎだらけの脳と心」295頁 脳の「物語作り」は止められない” ではてんかんの発作を抑えるために右脳と左脳の接続神経(脳梁)を切断した脳(分離脳)を持つ患者を使った実験が紹介されています.このような患者に向かって右脳にだけ聞こえるように「歩きなさい」というと患者は言われた通りに歩き出すのですが,そこで左脳に「あなたは何をしているのですか」と聞くと(なお,左脳は言語能力を司っています)患者は「喉が渇いたので,飲み物を取りに行こうとしているのです」と言ったような,話をその場で作り出したのです.このように左脳は本人の意志とは関係なくその場で,物語を作り出す,ということは様々な実験で確認されています.
===============

また電磁波などを用いて脳のシナプスに積極的に電気を流し,うつ病な治療などに役立てようという研究もなされています.うつ病の患者の脳に電極を埋め込み鬱病の症状が出そうななったら,電気的な刺激でうつ状態を抑える物質を出させて,症状を軽減するというものです.効果の方ははっきりしない面もありまだ実験段階ですが,著しい効果の出る人もいるということです,この効果のある人にとって自分自身の自由意志に従ってうつ患者として暮らすことと,外部からの作用に助けられて元気に暮らすことのどちらが幸せなのでしょうか.

また最近自分のバイオメトリクスデータを集め、アルゴリズムに分析させることで自己認識する動きが出てきています.
女優アンジェリーナ・ジョリーは遺伝子検査により乳がんになる確率が87%あると言う診断を受け乳房の切除、卵巣と卵管の早期切除を受けました.彼女は自分のように病気が出る前に予防治療を受ける人がたくさん出てきてほしいとこの事実を公開しました.
日本でもジョリーのようにまだ症状が出ていないにも関わらず,癌にかかる可能性があるからという理由で手術を受ける人が出てきているそうです(2019年12月3日読売新聞の調査によると580人ほどの実績があるそうです.なお,このような手術は2020年4月から保険適用になるとのことです

結局私達のモラルの拠り所となる人間至上主義というのは極めてあやふやな根拠しか持っていない,と言えるのではないか?それならいっそのこと,データとそれを処理するアルゴリズムにあらゆる決定を任せてしまったほうが,良い結果が得られるのではないか,という考えが出てきても不思議ではありません.それは,極小数の人間が制作したアルゴリズムに従って殆どの人々(ホモ・サピエンス)が動かされるという世界を意味します.やがてアルゴリズムはやがてあらゆる決定に関わることができるようになるでしょう.そしてこのアルゴリズムを制作する人たちは自分たちのことをホモ・サピエンスとは違った神(デウス)としての特性を持った人類(ホモ・デウス)とみなすようになるだろう,と述べています.(*)


===============
(*)ただし,ハラリはあくまでもこれは「歴史的な予測であり,絶対的な予言ではない」,「この考察により私達の選択が変わり,その結果,予測が外れたなら本望である」と述べています.
===============