大正から昭和初期に活躍した画家佐伯祐三は
30年ほどのその短い人生の間に、数多くの
作品を残しています。その荒々
しいともいえる大胆な筆使いで、超スピードで
仕上げた、パリの風景を切り取ったような
作品が代表的です。
その代表作はほとんどパリで描かれたもの
ですが、パリに行く前の画風は、印象派的な
淡い色使いの優しい感じのものでした。しかし
初めてフランスに行き、大家ブラマンクに自分
の作品を見せたところ、徹底的に批判され(罵倒
され)たのでした。かれは、この時に事にショックを
受けまたこれを機会にその作品は全くその様相を
変えます。彼自身の絵に取り組む姿勢も全く変わり、
とりつかれたように絵に向かうようになった、
ということです。その姿はまるで荒行のようでも
あったそうです。彼の健康を心配した、友人たちの勧
めで一旦日本に帰ったものの、日本の生活に満足
出来ないかれは自分を追い立てるように、再び
パリに向かい創作を続けます。しかし、やがて
結核が悪化、また精神的にも不安定になり、そして
精神病院に入院、最後は一切の飲食を拒み衰弱死し
ました。
彼のことを知る人は
「あの呑気者だった佐伯が、狂気の中に傑作を
重ようになるとは。芸術の奥深さ、恐ろしさを感
ぜずにはいられない。(うろ覚えですので正確な
言葉ではありません)」
と言っています。
2011年度、2012年度の2年間附属中等学校の校長を、そして 2021年度、2022年度、2023年度の3年間附属小学校の校長を 努めました。その時に始めたブログです。子供たちや保護者の皆様向けの情報を発信していました。これからも少しずつ更新するつもりですのでよろしくお願いします。 コメントは出来ないようにしていますが、どうかあしからず。
2012年2月29日水曜日
2012年2月28日火曜日
卒業式、修了式
大学では前期日程の入試が終わり、ちょっと
一息ついたところです。本校では間もなく卒業式
が執り行なわれます。また3月23日には大学の
卒業式、そして大学院(前期課程、後期課程)の
修了式(大学院では、卒業とは言わず修了といい
ます。)今年は私のゼミからは4回生が4名卒業
(内3名が大学院に進学)、修士(博士前期)が
1名、博士(博士後期)が1名修了の予定です。
また4月からは学振の外国人特別研究員が1名、
私の所に来てくれることになっています。
出て行く人、来る人・・・毎年毎年3月には
特別な感情がわきます。
一息ついたところです。本校では間もなく卒業式
が執り行なわれます。また3月23日には大学の
卒業式、そして大学院(前期課程、後期課程)の
修了式(大学院では、卒業とは言わず修了といい
ます。)今年は私のゼミからは4回生が4名卒業
(内3名が大学院に進学)、修士(博士前期)が
1名、博士(博士後期)が1名修了の予定です。
また4月からは学振の外国人特別研究員が1名、
私の所に来てくれることになっています。
出て行く人、来る人・・・毎年毎年3月には
特別な感情がわきます。
2012年2月27日月曜日
ブログの投稿
このブログの投稿は、仕事時間中にするわけには
行かないので、主に仕事に向かう電車内で行って
います。というわけで書いている途中で駅に到着
して時間切れになることも多々有り、なんだか
ブツ切れの文章になってしまい、しかも見直しを
する時間もないので誤字脱字、変な表現のオンパ
レードになっています。
ただこのブログを始めて、思考の流れをそのまま
キーボードに打ち込むこと、にたいする壁がとても
低くなったことを感じており、これはメリットかな
と思っています。
行かないので、主に仕事に向かう電車内で行って
います。というわけで書いている途中で駅に到着
して時間切れになることも多々有り、なんだか
ブツ切れの文章になってしまい、しかも見直しを
する時間もないので誤字脱字、変な表現のオンパ
レードになっています。
ただこのブログを始めて、思考の流れをそのまま
キーボードに打ち込むこと、にたいする壁がとても
低くなったことを感じており、これはメリットかな
と思っています。
2012年2月25日土曜日
2012年2月24日金曜日
お絵かき
小学生から中学3年間にかけて、個人塾でお絵かきを
習っていました。水彩画、デッサン、油絵等をひと通り
やりましたが、やはりその方面の才能もなかったようで
結局高校に入学した所でフェイドアウトしました。
しかし、その経験は大学で数学の勉強を初めてから
非常に(というか、決定的に)役立ったように思います。
今でも、会議の合間にノートに意味のないイラストを
落書きするのが大好きです。
習っていました。水彩画、デッサン、油絵等をひと通り
やりましたが、やはりその方面の才能もなかったようで
結局高校に入学した所でフェイドアウトしました。
しかし、その経験は大学で数学の勉強を初めてから
非常に(というか、決定的に)役立ったように思います。
今でも、会議の合間にノートに意味のないイラストを
落書きするのが大好きです。
2012年2月22日水曜日
わからないこと2
事故調査・検証委員会による中間報告書がありました
http://icanps.go.jp/post-1.html
==================================
○地震発生直後外部電源が喪失したときに、
制御棒が挿入されたことで、原発は停止した
はずですが、その後冷却水を失い、メルトダウン
が起きている。→制御棒は核分裂の程度を抑える
だけで止める力はないのか?
==================================
については報告書の12ページに
炉心に制御棒を挿入して原子炉を停止させた場合においても、燃料棒内に残存
する多量の放射性物質の崩壊により発熱が続くことから、燃料の破損を防止する
ために炉心の冷却を続ける必要がある。
と記載されていました。
しかしこの報告書は読みごたえがあります。
Ⅳ 東京電力福島第一原子力発電所における事故対処
で、できる限り具体的に、そして正確に発生した
事実を紹介していますが、現場の様子が目に見えるようです。
http://icanps.go.jp/post-1.html
==================================
○地震発生直後外部電源が喪失したときに、
制御棒が挿入されたことで、原発は停止した
はずですが、その後冷却水を失い、メルトダウン
が起きている。→制御棒は核分裂の程度を抑える
だけで止める力はないのか?
==================================
については報告書の12ページに
炉心に制御棒を挿入して原子炉を停止させた場合においても、燃料棒内に残存
する多量の放射性物質の崩壊により発熱が続くことから、燃料の破損を防止する
ために炉心の冷却を続ける必要がある。
と記載されていました。
しかしこの報告書は読みごたえがあります。
Ⅳ 東京電力福島第一原子力発電所における事故対処
で、できる限り具体的に、そして正確に発生した
事実を紹介していますが、現場の様子が目に見えるようです。
2012年2月21日火曜日
分からないこと
福島第一原発1号機の事故を見ていると発生から
24時間以内に起きたことだけを取り上げても、
わからない事だらけです。
○地震発生直後外部電源が喪失したときに、
制御棒が挿入されたことで、原発は停止した
はずですが、その後冷却水を失い、メルトダウン
が起きている。→制御棒は核分裂の程度を抑える
だけで止める力はないのか?
○前電源喪失から4時間39分後に冷却水を失い
燃料棒が全露出したわけだが、その水はどうなっ
たのか→(ベントが行われる前は)水は原子炉内に
とどまっていたはず。メルトダウンがおきれば
その圧力で溶けた核燃料は吹き出すのではないか?
もちろん一部は水素となって翌日水素爆発を
引き起こしたわけだが・・・
全くの素人の疑問です。
とんでもない誤解があるかもしれません。
24時間以内に起きたことだけを取り上げても、
わからない事だらけです。
○地震発生直後外部電源が喪失したときに、
制御棒が挿入されたことで、原発は停止した
はずですが、その後冷却水を失い、メルトダウン
が起きている。→制御棒は核分裂の程度を抑える
だけで止める力はないのか?
○前電源喪失から4時間39分後に冷却水を失い
燃料棒が全露出したわけだが、その水はどうなっ
たのか→(ベントが行われる前は)水は原子炉内に
とどまっていたはず。メルトダウンがおきれば
その圧力で溶けた核燃料は吹き出すのではないか?
もちろん一部は水素となって翌日水素爆発を
引き起こしたわけだが・・・
全くの素人の疑問です。
とんでもない誤解があるかもしれません。
2012年2月19日日曜日
福島第一原発1号機メルトダウンへの経過
NHKの番組を見ながらメモったものです。
2011年3月11日午後2時46分
地震発生
制御棒挿入
原子炉自動停止但し停止した後も水を循環して冷やす必要あり
外部電源喪失
(外からの電量が絶たれる)
ディーゼル発電機起動
非常用復水器が起動
(ただしそれまで動かしたことはなかった)
したと思った
56分後
津波のため全電源喪失
10メートルを超える津波は建物のシャッターを破壊
原子炉の状態(温度、水量、・・・)把握できなくなる
電源を消失後原子炉の水位は急激に減少、
1時間15分後燃料棒の上まで下がる。
4時間39分後燃料は完全に露出
メルトダウンが始まる
10時間37分後
燃料が
原子炉を突き破り格納容器の底にたまる(メルトスルー)
非常用復水器(IC)
(電源がなくても原子炉を冷却できる)
使用には弁を開ける必要がある
バッテリーが喪失すると、ICの弁は閉じる
(当時この点を認識している人は原発にいなかった
ICは動いていると思っていた
ICが動いているか確認には行ったが
高い放射線のため確認はあきらめた
対策本部もICについては十分に理解していなかった)
18時18分
そのあとバッテリーが回復した時に弁が閉じているという
サインがでた
→
弁を開いた→蒸気発生確認、しかしすぐに蒸気が見えなくなる
→
すぐに弁を閉じる
(もし復水器の水がなくなっていたら非常用復水器が壊れて、
放射性物質が外部にまき散らされることを恐れた)
+水位計も正しい値を示していなかった(午後9時に
バッテリーをつないで水位を確認した時に冷却水は
まだ燃料棒の上にあることを示していた。)
もしICの弁を開いていれば、メルトダウンは防げたかもしれない
対策本部にICの弁を閉じたという情報は流れたが、
重要なものとは認識されなかった(2号機、3号機
も危機的な状況であった)
圧力異常上昇確認
ベントの準備始める
午前1時9分メルトダウンが始まる
中央制御室でも放射線量が上がる
12日
午後2時30分ベント実施
1時間後
原子炉建屋の水素爆発
3号機も
メルトダウンの末水素爆発
2011年3月11日午後2時46分
地震発生
制御棒挿入
原子炉自動停止但し停止した後も水を循環して冷やす必要あり
外部電源喪失
(外からの電量が絶たれる)
ディーゼル発電機起動
非常用復水器が起動
(ただしそれまで動かしたことはなかった)
したと思った
56分後
津波のため全電源喪失
10メートルを超える津波は建物のシャッターを破壊
原子炉の状態(温度、水量、・・・)把握できなくなる
電源を消失後原子炉の水位は急激に減少、
1時間15分後燃料棒の上まで下がる。
4時間39分後燃料は完全に露出
メルトダウンが始まる
10時間37分後
燃料が
原子炉を突き破り格納容器の底にたまる(メルトスルー)
非常用復水器(IC)
(電源がなくても原子炉を冷却できる)
使用には弁を開ける必要がある
バッテリーが喪失すると、ICの弁は閉じる
(当時この点を認識している人は原発にいなかった
ICは動いていると思っていた
ICが動いているか確認には行ったが
高い放射線のため確認はあきらめた
対策本部もICについては十分に理解していなかった)
18時18分
そのあとバッテリーが回復した時に弁が閉じているという
サインがでた
→
弁を開いた→蒸気発生確認、しかしすぐに蒸気が見えなくなる
→
すぐに弁を閉じる
(もし復水器の水がなくなっていたら非常用復水器が壊れて、
放射性物質が外部にまき散らされることを恐れた)
+水位計も正しい値を示していなかった(午後9時に
バッテリーをつないで水位を確認した時に冷却水は
まだ燃料棒の上にあることを示していた。)
もしICの弁を開いていれば、メルトダウンは防げたかもしれない
対策本部にICの弁を閉じたという情報は流れたが、
重要なものとは認識されなかった(2号機、3号機
も危機的な状況であった)
圧力異常上昇確認
ベントの準備始める
午前1時9分メルトダウンが始まる
中央制御室でも放射線量が上がる
12日
午後2時30分ベント実施
1時間後
原子炉建屋の水素爆発
3号機も
メルトダウンの末水素爆発
プレッシャー
各種の書類の締切に追われる毎日です。
数年前ならこのプレッシャーに押しつ
ぶされていただろう、と思います。
いつから平気になったのか、よくわかり
ませんが(プレッシャー耐性が付くのが
良いことなのかどうかもよくわかりませ
ん)実感としては、
「プレッシャーというのは自分が勝手に
作り出している」
という面はあります。
2012年2月18日土曜日
サイエンスインカレ2
発表終了しました.
数学の発表は一つだけだったので
かなり異色の講演だったように見えましたが,
しっかり「数学」をアピールしてくれたと思
います.
います.
終了後,科学館内のカフェで一休み.
地球ソーダ(ver. 水,ver.元素)というのが
あったので,一杯づつオーダーしました.
2012年2月17日金曜日
修士論文発表会
2月15日に数学の大学院(修士)の卒業研究の発表
(修士論文発表会)が有りました.その中でも
いくつか,本校の生徒にも聞いてもらいたいような
ものがありました.
なんとか2月〜3月半ばくらいに時間を取れないかな.
(修士論文発表会)が有りました.その中でも
いくつか,本校の生徒にも聞いてもらいたいような
ものがありました.
なんとか2月〜3月半ばくらいに時間を取れないかな.
2012年2月15日水曜日
鍵配送問題
1970年代になっても鍵配送問題は依然として暗号に
おける本質的問題でした.当時既に金融のシステムな
どのオンライン化が行われていましたが,暗号を使って
安全に情報のやりとりを行うには鍵を安全に配送できる
ことが大前提でした.
鍵を安全に配送する方法は,人が運ぶことです.当時は
政府の高度な情報や金融の情報を扱うための鍵は人が
運んで届けていたということです.このためのコストは
膨大になり,政府や金融界の大きな悩みのタネになりま
した.
「鍵配送問題は本質的に解決できないのではないか」
当時の多くの人々はそう信じていたのではないでしょうか.
ところが,川渡りパズルの考え方が,この常識を
打ち破ったのです.
おける本質的問題でした.当時既に金融のシステムな
どのオンライン化が行われていましたが,暗号を使って
安全に情報のやりとりを行うには鍵を安全に配送できる
ことが大前提でした.
鍵を安全に配送する方法は,人が運ぶことです.当時は
政府の高度な情報や金融の情報を扱うための鍵は人が
運んで届けていたということです.このためのコストは
膨大になり,政府や金融界の大きな悩みのタネになりま
した.
「鍵配送問題は本質的に解決できないのではないか」
当時の多くの人々はそう信じていたのではないでしょうか.
ところが,川渡りパズルの考え方が,この常識を
打ち破ったのです.
2012年2月14日火曜日
鍵配送問題
暗号を実際に使用するには
暗号システム(どのような暗号を使うのか)
が基本ですが,これだけでは使えません.
暗号のシステムを実際に動かすためには,
暗号の送信者と受信者の間で,暗号を使う
ための共通の情報(鍵)が必要となります.
暗号の安全性はこの鍵を送信者と,受信者の
間で安全に共有することが必要となりますが,
これが一番難しい問題で,暗号を使う上での
アキレス腱になっていました.この難しさを
「鍵配送問題」と言います.
例えば,第2次世界大戦中ドイツはエニグマと
呼ばれる暗号システムを使っていましたが,
この鍵は毎日交換する必要がありました.
そのため,毎日の鍵を記録した本を数カ月に
一回前線の部隊に送る必要があったのですが,
もしこれが敵の手に渡ることがあれば,数カ月
にわたってドイツ軍の情報は筒抜けになってし
まうわけです.
暗号システム(どのような暗号を使うのか)
が基本ですが,これだけでは使えません.
暗号のシステムを実際に動かすためには,
暗号の送信者と受信者の間で,暗号を使う
ための共通の情報(鍵)が必要となります.
暗号の安全性はこの鍵を送信者と,受信者の
間で安全に共有することが必要となりますが,
これが一番難しい問題で,暗号を使う上での
アキレス腱になっていました.この難しさを
「鍵配送問題」と言います.
例えば,第2次世界大戦中ドイツはエニグマと
呼ばれる暗号システムを使っていましたが,
この鍵は毎日交換する必要がありました.
そのため,毎日の鍵を記録した本を数カ月に
一回前線の部隊に送る必要があったのですが,
もしこれが敵の手に渡ることがあれば,数カ月
にわたってドイツ軍の情報は筒抜けになってし
まうわけです.
2012年2月13日月曜日
川渡りパズル
約2年ほど奈良新聞にパズルの連載をしていました.
そこでだした川渡りパズルの一つを紹介しましょう。
(もちろん私のオリジナルというわけではなく,
よく知られたパズルです)
子犬一匹と子猫二匹をつれた子供が小川を渡ろうと
しています。子供は一度に一匹しかつれて川を渡れ
ません。また子供が子犬と子猫から目を離すと、
子犬は子猫にいたずらをしてしまいます。子猫が
いたずらをされないように皆が川を渡るにはどの
ようにすればよいでしょうか。
(解答は下の方にあります)
解答
( )で子供、●で子犬、○で子猫を表すことにしま
す。次のように川を渡れば子猫は子犬にいたずらさ
れることはありません。
1. ○○|→(●)→|
2. ○○|←( )←|●
3. ○ |→(○)→|●
4. ○ |←(●)←|○
5. ● |→(○)→|○
6. ● |←( )←|○○
7. |→(●)→|○○
2012年2月12日日曜日
トリプルオカリナ
オカリナの音色が好きです.
自分でも吹いてみるのですが,一般的なオカリナは
音域が狭くて(下のラから上のファ)吹ける曲に
かなり制限がつきます.(いくつもの調の違う
オカリナを取り替えながら演奏する人もいます.)
4.5年前だと思うのですが,二つのオカリナを
くっつけて音域を広げたダブルオカリナ,や
三つのオカリナをくっつけたトリプルオカリナ
と言おうものがあることを知りました.
Youtubeでトリプルオカリナの演奏などをみて
我慢できなくなり,数年前に思い切って購入
(とても高かってので)しましたが,とにかく
難しい.なんとか音がちゃんと出るようになるまで
1年,きれいな音はいまだに出ません.
自分でも吹いてみるのですが,一般的なオカリナは
音域が狭くて(下のラから上のファ)吹ける曲に
かなり制限がつきます.(いくつもの調の違う
オカリナを取り替えながら演奏する人もいます.)
4.5年前だと思うのですが,二つのオカリナを
くっつけて音域を広げたダブルオカリナ,や
三つのオカリナをくっつけたトリプルオカリナ
と言おうものがあることを知りました.
Youtubeでトリプルオカリナの演奏などをみて
我慢できなくなり,数年前に思い切って購入
(とても高かってので)しましたが,とにかく
難しい.なんとか音がちゃんと出るようになるまで
1年,きれいな音はいまだに出ません.
2012年2月11日土曜日
旅立つ皆さんへ
今年も間もなく卒業生の皆さんを送り出してゆくことになります.
望みどおりの進路に進めることになった人がいる
反面
そのようにならなかった人もいるかと思います.
また,もしかしたら,家庭の事情,身体的な問題などで
望む道に進むことを諦めなければならない人もいるかも
しれません.
そのような人達も含めてあえて
創造的な生き方はどんな状況位にあってもできる
ということを強調したいと思います.
そして,卒業生てゆく皆さんには
この「創造的な生き方はどんな状況になっても出来る」
というメッセージを,周りの人に伝えて行ける,
そんな人間になっていただきたいと思います.
望みどおりの進路に進めることになった人がいる
反面
そのようにならなかった人もいるかと思います.
また,もしかしたら,家庭の事情,身体的な問題などで
望む道に進むことを諦めなければならない人もいるかも
しれません.
そのような人達も含めてあえて
創造的な生き方はどんな状況位にあってもできる
ということを強調したいと思います.
そして,卒業生てゆく皆さんには
この「創造的な生き方はどんな状況になっても出来る」
というメッセージを,周りの人に伝えて行ける,
そんな人間になっていただきたいと思います.
2012年2月10日金曜日
三次元双曲幾何学2
当時は研究集会でサーストンの業績に関する
発表などもありましたが,自分自身はなんだか
気にはなるけれども,よく分からない,という
もやもやした状態が続いていたわけです.
あるとき,研究集会(だったと思いますが,
どうもはっきりとしません)で東京都立大学
(当時)のK島先生と話をしていたときに,
どんな成り行きだったのか思い出せませんが,
「双曲的デーン手術というのは有理数だけに
定義されているこれまでのデーンす手術を
無理数にまで連続的に拡張するものですよ」
というコメントをもらって,その瞬間に
この概念のアイディアが理解できました.
そのときの驚きと嬉しさは,人生のうちでも
何回もないというくらいのもので,
そのアイディアの単純さ力強さににしばらく
感動していたのを憶えています.
発表などもありましたが,自分自身はなんだか
気にはなるけれども,よく分からない,という
もやもやした状態が続いていたわけです.
あるとき,研究集会(だったと思いますが,
どうもはっきりとしません)で東京都立大学
(当時)のK島先生と話をしていたときに,
どんな成り行きだったのか思い出せませんが,
「双曲的デーン手術というのは有理数だけに
定義されているこれまでのデーンす手術を
無理数にまで連続的に拡張するものですよ」
というコメントをもらって,その瞬間に
この概念のアイディアが理解できました.
そのときの驚きと嬉しさは,人生のうちでも
何回もないというくらいのもので,
そのアイディアの単純さ力強さににしばらく
感動していたのを憶えています.
2012年2月9日木曜日
三次元双曲幾何学
私が大学院に入学したのは1979年ですが
このころアメリカの数学者サーストン
(1983年フィールズ賞受賞)がプリンストン
大学で行った講義の講義録が話題になってい
ました.
ここで取り扱われているのは三次元双曲幾何学
と呼ばれる分野で,それまであまり注目される
事のなかったこの分野が,実は他の次元と全く
違った様相を持っており,またとても豊かな世界で
あることを明らかにしたものです.
当時はワープロは一般的ではなく,タイプライター
で打ったした原稿に手書きの図を添えたものを
写真製版したという手作り感あふれる本でした.
内容はというとほとんど未開拓のこの分野を記述
するための概念や基礎的な結果を全て自前で準備
することを目標としており,はっきり言って,
あまり読みやすく書かれているとは.言えないもの
でした.
当時この内容を理解しようと悪戦苦闘したのですが
当然ながらなかなか読み進むことができませんで
した.特にこの本の最ほうに初の出てくる
「双曲的デーン手術」という概念は私には
大きな壁でした.
このころアメリカの数学者サーストン
(1983年フィールズ賞受賞)がプリンストン
大学で行った講義の講義録が話題になってい
ました.
ここで取り扱われているのは三次元双曲幾何学
と呼ばれる分野で,それまであまり注目される
事のなかったこの分野が,実は他の次元と全く
違った様相を持っており,またとても豊かな世界で
あることを明らかにしたものです.
当時はワープロは一般的ではなく,タイプライター
で打ったした原稿に手書きの図を添えたものを
写真製版したという手作り感あふれる本でした.
内容はというとほとんど未開拓のこの分野を記述
するための概念や基礎的な結果を全て自前で準備
することを目標としており,はっきり言って,
あまり読みやすく書かれているとは.言えないもの
でした.
当時この内容を理解しようと悪戦苦闘したのですが
当然ながらなかなか読み進むことができませんで
した.特にこの本の最ほうに初の出てくる
「双曲的デーン手術」という概念は私には
大きな壁でした.
2012年2月8日水曜日
2012年2月7日火曜日
ガラスの仮面
美内すずえの「ガラスの仮面」はコミックの
最高傑作といってよい作品です.
その中で主人公(北島マヤ)が演じた
人物の一人がヘレン・ケラーです.
三重苦で外界から閉ざされた世界に住んでいた
ヘレンが「ものには名前がある」ということに
きがついて”奇跡の瞬間”をマヤは,
水がいっぱい詰まった風船がはじけた瞬間
と解釈して,舞台の上で表現しました.
今まさに何かがはじけようとしている人間に,
そのきっかけを与えることができる・・・
素晴らしい仕事だと思います.
最高傑作といってよい作品です.
その中で主人公(北島マヤ)が演じた
人物の一人がヘレン・ケラーです.
三重苦で外界から閉ざされた世界に住んでいた
ヘレンが「ものには名前がある」ということに
きがついて”奇跡の瞬間”をマヤは,
水がいっぱい詰まった風船がはじけた瞬間
と解釈して,舞台の上で表現しました.
今まさに何かがはじけようとしている人間に,
そのきっかけを与えることができる・・・
素晴らしい仕事だと思います.
2012年2月6日月曜日
数学者の特性
いま,ある人とメールのやり取りをしている中で
「数学者は自分がはっきり分かっていること以外
のことは話さない(うろ覚えですので表現は違う
かもしれません).」
という発言がありました.
「たしかにそうだ」と感じるところがある反面
「それで良いのだろうか?」と自問するところも
あります.
例えば,組織のリーダーとしての役割を果すため
には「自分のわかっていること」だけしかしない,
ということは有りません.不十分な情報をもとに
日々決断をしていかなければいけない.
(だから,「数学者はリーダーには向かない」
という推論が成り立つのですが,それは置いて
おくことにします.)
そんな中で数学者は「私は数学者だからそんなこと
には一切かかわりませんよ」というのは,どう見て
も正しい態度ではないような,気が,しないでも,
ない・・・です.
「数学者は自分がはっきり分かっていること以外
のことは話さない(うろ覚えですので表現は違う
かもしれません).」
という発言がありました.
「たしかにそうだ」と感じるところがある反面
「それで良いのだろうか?」と自問するところも
あります.
例えば,組織のリーダーとしての役割を果すため
には「自分のわかっていること」だけしかしない,
ということは有りません.不十分な情報をもとに
日々決断をしていかなければいけない.
(だから,「数学者はリーダーには向かない」
という推論が成り立つのですが,それは置いて
おくことにします.)
そんな中で数学者は「私は数学者だからそんなこと
には一切かかわりませんよ」というのは,どう見て
も正しい態度ではないような,気が,しないでも,
ない・・・です.
2012年2月5日日曜日
リーダーシップ
最近,大学での教育に期待する人材像として
・コミュニケーション力を持った人
・リーダーシップを取れる人
の二つが挙げられることが多いように思います.
このリーダーシップについてですがいろんなところで
いろいろな人が,リーダーとしての条件を挙げていま
す.
各々もっとなことを言っておられるのですが,リーダー
として果たすべき役割を一つだけ挙げるとしたら,
部下に対して適切なときに適切な助言を与えることが
出来る人
というのを私は挙げたいと思います.
・コミュニケーション力を持った人
・リーダーシップを取れる人
の二つが挙げられることが多いように思います.
このリーダーシップについてですがいろんなところで
いろいろな人が,リーダーとしての条件を挙げていま
す.
各々もっとなことを言っておられるのですが,リーダー
として果たすべき役割を一つだけ挙げるとしたら,
部下に対して適切なときに適切な助言を与えることが
出来る人
というのを私は挙げたいと思います.
脳の話
昨日(2月4日)は午前中は大和高田市に行って
S高校のSSH発表会の審査員をしてきました.
発表会修了後直ちに学校に戻り,SSH先端講座に
参加.今回の話題は脳の話でした.
大変面白い,刺激にとんだお話でした.
現在脳の構造がかなり解明されていることが
わかりましたが,この研究が進んだ結果,私たち
の生活にどのような影響があるのか,という事が
気になって自分自身の中でどんどん妄想が膨らん
でしまいました.
おそらく,ですが,この研究は19世紀〜20世紀の
物理学の発展によって生活様式が全く変わったよう
に人類にとって新たなパラダイムの変換の基盤に
なる技術である,と感じました.
S高校のSSH発表会の審査員をしてきました.
発表会修了後直ちに学校に戻り,SSH先端講座に
参加.今回の話題は脳の話でした.
大変面白い,刺激にとんだお話でした.
現在脳の構造がかなり解明されていることが
わかりましたが,この研究が進んだ結果,私たち
の生活にどのような影響があるのか,という事が
気になって自分自身の中でどんどん妄想が膨らん
でしまいました.
おそらく,ですが,この研究は19世紀〜20世紀の
物理学の発展によって生活様式が全く変わったよう
に人類にとって新たなパラダイムの変換の基盤に
なる技術である,と感じました.
2012年2月2日木曜日
書類の山
最近は一年中,文書を書いていますが,2月は
特に書類が多い.
学生の卒業にかかわる成績などの各種書類,博士論文の要旨などの
学位に関わる物,外部資金の計画書・報告書,等々,
これに加えて今年は外部資金の申請書も代表して書くことになって
います.
この合間に大学院生の公聴会の練習,学生のセミナー等の
教育活動,・・・
いろいろな仕事のしわ寄せが校長業務に来ているようで,
すみません,・・・とう気分です.
特に書類が多い.
学生の卒業にかかわる成績などの各種書類,博士論文の要旨などの
学位に関わる物,外部資金の計画書・報告書,等々,
これに加えて今年は外部資金の申請書も代表して書くことになって
います.
この合間に大学院生の公聴会の練習,学生のセミナー等の
教育活動,・・・
いろいろな仕事のしわ寄せが校長業務に来ているようで,
すみません,・・・とう気分です.
2012年2月1日水曜日
音感2
音感のある人には,サイレンのピーポーという
という音も音階で聞こえるという話を聞いたこと
があります.
音感がない私のはもちろん音階は聞こえませんが
サイレンの音がずれたときには,かなり微妙な
ズレでも感じ取れるようです.ただその音を再現
しようとしても,全く出来ない.
好きな歌があってもそれを口ずさもうとしても,
音が合うかどうかは全くの偶然任せです.
しかし最初は30回に1回くらしか合わなかった
のが,だんだん合う確率が上がってきて,そのうち
10回に一回になって,ほぼ確実に合わせられるよ
うになる・・・といった具合に進歩していくのは
楽しいものです.
という音も音階で聞こえるという話を聞いたこと
があります.
音感がない私のはもちろん音階は聞こえませんが
サイレンの音がずれたときには,かなり微妙な
ズレでも感じ取れるようです.ただその音を再現
しようとしても,全く出来ない.
好きな歌があってもそれを口ずさもうとしても,
音が合うかどうかは全くの偶然任せです.
しかし最初は30回に1回くらしか合わなかった
のが,だんだん合う確率が上がってきて,そのうち
10回に一回になって,ほぼ確実に合わせられるよ
うになる・・・といった具合に進歩していくのは
楽しいものです.
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