2022年2月21日月曜日

数学する赤ちゃん:数のきっちり感覚

1992年にアメリカの心理学者はカレン・ウィンは生後5ヶ月の赤ちゃんを対象に次のような実験を行いました(参考文献4、2)。

まず小さな展示箱を準備します。この箱には下からせり出してくる幕がついていて、これを引き上げると箱の中に入っているものを隠すことができるようになっています。ただしこの幕は箱の横幅一杯ではなく、両サイドに隙間があります。


そしてその前に赤ちゃんを座らせます。箱には人形が一体入っていて赤ちゃんの注意をひいています。そこで幕を引き上げて中に入っている人形を赤ちゃんから見えなくします。次に実験者は展示箱の側面に設けた口か先ほどの人形と同じ人形を入れてやります。この様子は幕の横の隙間から見ることができます。そして遮蔽幕を下ろしてやると当然そこには2体の人形が見えます。


ところでこの箱には実は秘密の扉があって、赤ちゃんには見えないように元の人形を箱から取り出せるようになっています。そうすると赤ちゃんは当然2体の人形があるはずなのに遮蔽膜を下ろした時に1体の人形しか見えない、というふうにすることもできます。ウィンはこの手を使って幕がおりて人形が現れたとき、箱の中に人形が二つある場合もひとつしかない場合もあるという具合にしたのです。



ウィンの論文(参考文献4)より


実はたとえ赤ちゃんであっても、「もののありよう」に関する感覚はかなりの程度発達していて、自分の思っているのと違うことが起きたと感じた時には、赤ちゃんはそれがどういうことなのか理解しようと、そのものをじっと見つめるのです。(例えばさらに上に果物が乗っている場面をいくつか赤ちゃんにみせた後に、リンゴがまっったく支えもなしに宙に浮いているようにみえる場面を見せます。すると赤ちゃんは、さらの上に果物を見るときに比べて長い間宙づりの果物を注視します。)


そこでウィンは人形が見えたときに一つの時と二つの時で赤ちゃんが人形を見つめる時間に差があるのかを調べました。その結果正しくない結果を見たときは正しい結果を見た時よりも平均で約1秒長く舞台を見つめていたのです。つまり赤ちゃんは1+1は1ではなく、2であることを認識していることがわかったのです。

ウィンは同様の手法を使って赤ちゃんが2−1が1であることも認識していることも示しました。まず赤ちゃんに、箱の中に二つの人形があるのを見せます。やがて幕が上がってきて人形は見えなくなります。それから実験者が、人形を一つ取り去ります。やがて幕が下がり、人形が赤ちゃんに見えるようになるのですが、舞台の上には人形がひとつあったり、二つあったり、全くなかったりします。すると赤ちゃんは人形が全くなかったり二つあるときには人形が一つの時に比べて、場合によっては3秒も長く舞台を凝視していたのです。


その後、他の研究者達がウィンのこの結論が正しいのかどうか確認しようとしました。赤ちゃんが長いあいだ間違った計算結果を見続けていた原因が、本当に数の感覚から来るものなのか確認しようとしたのです。


例えばフランスの心理学者エティエンヌ・ケクラン(参考文献6)は赤ちゃんが舞台上のものを長く見つめていたのは、見ているものの数が予想と違うからではなく、モノの場所が変わったからかもしれない、と考えウィンの実験を、人形をゆっくり回る回転テーブルの上に置いて行いました。しかしこの実験でもウィンとまっったく同じ結果が得られたのでした。これで赤ちゃんが場所に注目しているとは言えなくなりました。


一方アメリカの心理学者のトニー・サイモン(参考文献7)はウィンの実験を手本に次のような実験を行いました。

サイモンはウィンの実験の中で赤ちゃんに見せた人形(エルモ)を幕で隠しているあいだに別の人形(アーニー)と取り替えました。例えば、「二つのエルモ」を「一つのアーニーと一つのエルモ」に取り替えたりしました。ところが赤ちゃんは幕が下りた時に数さえ合っていれば、人形が変わっても頓着しなかった一方で二つであるべきものが一つになったり、一つであるべきものが二つになったりするとそれに反応したのでした。


赤ちゃんには数の感覚が備わっているだけでなく、モノの色や形や外見が変わらないはずだという気持ちよりも、数は変わらないという気持ちの方が基本的であるようです。そういう意味では数に関する感覚というのは人間(や、もしかしたら他の動物)にとって特別なものかもしれません。(なお、満一歳以上になると、違って見えるものは違うものだということがわかるようになるそうです。)


参考文献:

1.キース・デブリン「数学する遺伝子」

2.キース・デブリン「数学する本能」

3.ケイレブ・エヴェレット , 数の発明――私たちは数をつくり、数につくられた 単行本 – 2021/5/8 屋代 通子 (翻訳)

4.Wynn, K. (1992). Addition and subtraction by human infants. Nature, 358, 749–750.

5.https://gendai.ismedia.jp/articles/-/53598?page=3 (カレン・ウィンの実験の紹介)

6.E Koechlin, Numerical transformations in five-month-old human infants, Mathematical cognition 3 (2), 89-104

7.Simon TJ, Hespos SJ, Rochat P. Do infants understand simple arithmetic? A replication of Wynn (1992) Cognitive Development. 10: 253-269. DOI: 10.1016/0885-2014(95)90011-X