2012年3月15日木曜日

カントールとゲーデル(続き)


カントールとゲーデルについて書きましたが、率直に言ってハッピ
ーな人生であったとはとても言えないし、自分自身このような人生
を送りたいとは思いません。

彼らの人生というのは、ある意味、あちらの世界に行ってしまった、
そしてもう現実世界とのつながりを無くしてしまった。そのような
人生であった、と感じられます。

普通の生活の中でも、「あちらの世界に行く」に近い感じを持つこ
とがあります。ところで世の中にはとても器用で、なにをやらせて
もそこそこのレベルでやってしまう、とうい人がいます。こういう
人はどうも、物事をうまくやるコツのようなものを心得ていて、自
分が今取り組んでいることのモードに自分をうまく合わせるのに時
間がかからない、とそのような特性を持っているのではないか、と
感じます。

さて日本で伝統的に尊敬されている人間のタイプに名人という人た
ちがいます。ある特別なことを極めつくして、その代わりにその事
以外は全くと言って何も出来ない、というタイプの人です。このタ
イプの究極が、カントールやゲーデルのようにあっちの世界に行っ
てしまった人たちですね。もちろん、私はこのような人たちを否定
するつもりは全く有りませんし、むしろ尊敬しています。

ただ、伝統的には日本ではいろいろなモードを操る人達の事を例え
ば「器用貧乏」という言い方をして、あまり良いことだとは思われ
ていない、とそのように感じています。