2012年3月30日金曜日

数学者の二つのタイプ

数学者には大きく分けて二つのタイプがあると思います。
一つは「問題を解く数学者」です。つまり数学でまだ分かっていない
問題がに取り組んでそれを解決してしまう、という数学者です。
(一般の人達が連想する数学者というのはこのタイプの人だと思います。)
典型的なこのタイプの数学者はエルデスという人で、この人は多くの
ひとと共同研究をしながら、死ぬ直前まで数学に取り組み続けた、という
人です。
もうひとつの数学者は「流れを、作る(、あるいは、分野を作る)」
数学者です。例えば、リーマンは「複素関数論」と呼ばれる分野を
つくりあげましたしポアンカレは「位相幾何学」と呼ばれる分野を
作り上げました。

因みに私はどちらかというと、これはもう典型的な「問題を解く」
数学者でして、私の論文の多くは「〜の問題の解決」と言った、
内容のものです。

で、数学者の世界ではどちらが良いとされるかというと、それはもう
絶対的に後者の「流れを作る数学者」が尊敬をされています。

連続体仮説


数学者カントールは集合論の創始者として知られていますが、
彼の人生には「連続体仮説」とよばれる問題が暗い影を落と
しています。

カントールが取り扱ったのは無限です。ものがいくらでも沢山
あるという、無限です。カントールは無限を研究の対象としま
した。これはそれまでの数学の常識をやぶる、非常に挑戦的な
取り組みでした(「挑戦的」という言葉は軽すぎる気がします
が)。かれは、例えば1,2,3,・・・と続く無限と直線の
上にあるすべての点の作る無限を比べると、直線状の無限はは
るかに大きいということを示しました。ここでは1,2,3
・・・と続く点が作る無限を「数えられる無限」と呼び、直線
上の全ての点がつくる無限を「連続無限」と呼ぶことにします。
カントールが示したことは、連続無限は数えられる無限より本
当に大きい、ということですね。
そこで問題となるのは「数えられる無限」と「連続無限」の間
には別の無限があるのか?ということが問題になりますが、こ
れが「連続体仮説」です。繰り返しますが、「連続体仮説」と
いうのは「数えられる無限」よりも大きくて、「連続無限」よ
りも小さいような無限は存在するのか?という問題です。

2012年3月28日水曜日

福島第一原発のACについて(6)


18時18分
そのあとバッテリーが(一時的に)回復した時に弁が閉じて
いるというサインがでた(ACが作動していなことに気がついた)

弁を開いた→蒸気発生確認、しかしすぐに蒸気が見えなくなる

すぐに弁を閉じる
(もし復水器の水がなくなっていたら非常用復水器が壊れて、
放射性物質が外部にまき散らされることを恐れた
→しかしその後の事故調査によって
A系統の復水器には65%、
B系統の復水器には85%
水が残っていたことが分かっている。)

+水位計も正しい値を示していなかった(午後9時に
バッテリーをつないで水位を確認した時に冷却水は
まだ燃料棒の上にあることを示していた。)

もしICの弁を開いていれば、メルトダウンの発生は7時間は
遅らせることができたという見解もある。

対策本部にICの弁を閉じたという情報は流れたが、
重要なものとは認識されなかった(2号機、3号機
も危機的な状況であった)

圧力異常上昇確認
メルトダウンが始まる

中央制御室でも放射線量が上がる
(原子炉が爆発する危険性が高まる)

12日
午後2時30分ベント実施
1時間後
原子炉建屋の水素爆発、大量の放射性物質が大気中に
放出される


2012年3月27日火曜日

福島第一原発のACについて(5)



2011年3月11日15時27分、と35分に
大津波が福島第一原発を遅い、その結果原発では全電源を
喪失して原子炉に冷却水が循環できなくなり、また
非常要復水器(AC)の8個の弁もすべて閉となり、
原子炉は全く冷却できない状態になっていました。


しかし、この全電源を失ったため、このACの状態は
誰も把握することが出来ませんでした。また全電源喪失時
にACの弁がすべて閉になることに気がついているものも
いませんでした。


このように一切の冷却機能が失われた原子炉に何が起こる
のか分かっているひとは、極端な言い方ですが、日本には
誰ひとりとしていなかったとようです。


NHKで事故後3ヶ月かけてこの時の原子炉の状態を
シミュレートしたところ原子炉は次のような状態で
あったようです。



電源を消失後原子炉の水位は急激に減少、
1時間15分後(午後5時頃)燃料棒の上まで下がる。




4時間39分後(午後8時15分頃)燃料は完全に露出
メルトダウンが始まる




10時間37分後
燃料が
原子炉を突き破り格納容器の底にたまる(メルトスルー)

2012年3月26日月曜日

福島第一原発のACについて(4)

2011年3月11日に福島第一原発のAC(非常要復水器)
がどのように動作したのか時間を追って確認したいと思いま
す。(以下の内容は「東京電力福島原子力発電所における
事故調査・検討委員会」の報告書に基づきます。)

(午後14時46分:地震発生、
直後に原子炉では全制御棒が挿入された。
外部電源で原子炉を冷却しよとしたが、地震の影響で
外部電源は供給されなかった

非常用ディーゼル発電機が発動、電気を供給する。)
また、このときACも2系統(A系統、B系統)ともすべての
弁が開となり起動。なおこれらの弁は電気によって開閉を
行う。

冷却水の循環と、ACの併用では「原子炉が冷えすぎる」ので
ACについては、B系統は閉じてA系統で、3つの弁を開にして
おいて、残りの一つの弁の「開閉」によってコントロールする
ことにした。(実際この方法で津波がきて全電源喪失するまで、
原子炉の温度を管理していた。)

(15時27分、15時35分に津波が到着、ディーゼル発電機、
バッテリー、電源盤が水没して全電源喪失
→その結果、中央制御室ではすべての計器が動作しなくなった)
→ACの弁の開閉も分からなくなった、
また
ACは全電源喪失時にはすべての弁が閉じるようになっていたが
当直はそのことを思いを致していなかった(報告書の表現を
そのまま使いました。)
この時点でACのすべての弁は閉じられてしまった。

福島第一原発のACについて(3)

さてACは「全電源喪失時(外部電源もディーゼル発電機も
バッテリーも使えなくなった時)」に原子炉を冷却するため
の仕組みです。

構造的には原子炉に2箇所穴をあけてそれをパイプで繋いだ
もので、このパイプの途中部分が冷却用の水の中を通ってい
ます。原子炉で熱せられて高温(200度以上?)になった
蒸気はこのパイプを通っていき、冷却用の水によって冷やさ
れ、原子炉に戻ります。このとき冷却水は熱せられて、蒸気
となりますが、この蒸気は外部に排出されます。

福島第一原発ではこのACが2つ装備されています(それぞれ
A系統、B系統と呼ぶことにします)。
A系統、B系統にはそれぞれ4つの弁が装備されていて、
合わせて8つの弁があります。
それぞれの系統の弁を4つとも「開」にすると、AC
が働き出します。一つでも「閉」になっていると、ACは
働きません。

(素朴な疑問:なぜそれぞれの系統に4つも弁を付けたの
でしょうか。)

2012年3月24日土曜日

福島第一原発のACについて(2)

さて原子力発電所は地震などの災害が起きたときに、原子炉の
制御が不能にならないように、緊急にその動きを止めるための
仕組みを準備しています。

福島第一原発の場合、地震が発生して2秒後に燃料棒の間に
制御棒と呼ばれる核分裂反応を抑えるための棒が一斉に差し込まれ
原子炉の運転は停止しました。

ただし、制御棒によって原子炉の運転が停止したとしても、燃料棒
は依然として熱を発し続け、そのままほっておくとメルトダウンが
起こってしまいます。そこで、この熱を冷やすために水を原子炉に
おくりそこで熱せられた水を外に送り出す、といった具合に
水を循環させて原子炉を冷やし続ける必要があります。

通常はこの水の循環は電気で動くモーターを動力として行われ、
この動力の電源が、例えば送電線の事故によって、届かなくなった
時に備えて、発電所内にディーゼルエンジンで発電する発電機を
備え、さらにそれが何らかの原因で動かなくなったときに備えて
非常用のバッテリーも準備されています。まあ、一言で言うと
3重の安全装置で守られている、ということですね。

さらに福島第一原発にはこれらの電源がすべて失われたときに
備えて、電気が無くても原子炉が冷却できる仕組みが装備されて
いました。
これが非常要復水器(AC)です。

2012年3月23日金曜日

終業式講話


さて、今日の私のお話を始めるにあたって、皆さんに簡単な
算数で頭のウォーミングアップをしてもらおうと思います。
これから簡単な算数の問題をだしますので、できるだけ早く、
答えを頭の中に思い浮かべてください。

1−1は?
4−1は?
8−7は?
15−12は?

さて、ではここでちょっと別の事をお聞きします。
5と12の間の数を一つだけ思い浮かべてください。

7を思い浮かべた人、手を上げてください。

なぜ、7を思い浮かべた人が多かったのかという説明がキース
・デブリンという人の「数学する遺伝子」という本の中に書か
れていました。

それは、最初の引き算の計算をしているうちに皆さんの頭が引
き算モードになって、5と12という数字を聞いた瞬間に意識
しないで二つの数字の間で引き算をしてしまったのである

つまり頭の中が、自分でも意識しないうちに引き算モードにな
ってしまったために自分でそうしているとも気がつかないうち
12引く5の答えである7を思いついていた、というわけです。

ところで、世の中にはとても器用で、なにをやらせても、相当
のレベルでやってしまう、とうい人がいます。学校の勉強はト
ップクラス、スポーツでも音楽でもとにかく取り組んだものは、
どれも素晴らしいレベル、とまあそんな感じの人ですね。たと
えば、今年度文部科学省はサイエンス・インカレという企画を
実施しました。これは文部科学省によると

学生の能力・研究意欲を高め、創造性豊かな科学技術人材を育成
することを目的に、自然科学分野を学ぶ全国の学生が自主研究の
成果を発表し競い合う場として、「サイエンス・インカレ」を
平成23年度から開催することとしました。

という企画で全国から自主的に研究をしている大学生が集まって
自分の研究について発表する、というもので今年この大会に集ま
ってポスター発表、口頭発表をおこないました。この大会で最高
の賞である文部科学大臣表彰を受賞したのは

東京大学理学部物理学科3年生の王青陽(おうせいよう)さんという
中国人学生で、日本生まれアメリカ育ちの帰国子女の方だそうで、
その研究は
「二光子共鳴レーザー誘起蛍光法を用いた水素分子の遷移寿命の
回転依存性及びその同位体効果」
(なお、この大会では本校卒業生の西田さんと中嶋さんも「リア
ルタイム共有システム構築のためのプラットフォームの開発とそ
の応用」という研究で奨励賞(分野別分科会最優秀賞)と企業賞(
芝賞)を受賞しています。さらに付け加えさせていただきますと、
この大会には奈良女子大学からも数学で一名出場しております。)
というもので世界初の測定結果を含む非常にレベルの高いもので
あった、ということです。私はこの方は個人的には全く知らない
のですけど、ちょっとネットで名前を調べたところ、サッカーや
ESSなどの活動もしっかりやっておられるようで(同姓同名の別
人の東大生という可能性はありますが)、どうやら、何をやって
もしっかりできる、というタイプの人のようです。まあ、私くら
いの年になると、こういう人を見ても妬(ねた)みのような感情
は起きないのですが、若いころはこういう人を見ると、羨ましい
と同時に敵愾心(てきがいしん)を感じて、心を乱されたもので
す。皆さんはいかがですか。

ところで、こういう何でもできるひとは何が違うのか、ということ
について考えてみたいのですが、こういう人はどうも、物事をうま
くやるコツのようなものを心得ている、もう少し具体的にいうと、
自分が今取り組んでいることのモードに自分をうまく合わせること
がスムーズにできる、とそのような特性を持っているように感じら
れます。たとえば、学問をするときには学問をするモードに、音楽
をするときには音楽のモードに、といった具合にいろいろなモード
をもっていて、スムーズにそれらを切り替えることができる、とい
ったところが私たち凡人と違うように感じます。ではなぜこのよう
な人たちはいろいろなモードを身に着けられるのか、・・・このよ
うな人たちの特徴としては、いろいろなモードを身につけるための
原則のようなものをちゃんと知っている、ということがあるように
思います。たとえば、楽器の演奏をすることになったとする。その
ときやみくもに音符を指の動きに置き換えて、その動きを練習して
もなかなか進歩しないし、やっていても面白くもなんともない。す
ぐに飽きてしまって、投げ出して「やっぱり、自分は音楽の才能が
ないのだ」と自己嫌悪に陥る、と、まあこのあたりが普通のパター
ンではないかと思います(実は私自身がそうです)。ところが何で
もできる人は、まず考える、この楽器を演奏するには指はどう動か
さなければいけないのか、頭の中で何度もシュミレーションするそ
して完璧に引けたときのイメージができてから初めて楽器に触る、
そして実際に楽器に触るときには決してごまかさない。あくまでも
イメージ通りに引くことを目指す。その時には完璧に弾けたときの
イメージがあるからうまくいかないところがどこなのかが見える。
そしてどこを克服すれば良いのか、もよくわかる。努力の目標がは
っきりするわけですね。そうすると何の努力をしているのかはっき
りわかるし、それを達成できた時には大きな満足感が得られる・・
・とこんな風に楽器を演奏するモードを身につけている・・・ので
はないかと想像しています。

さて日本で伝統的に尊敬されている人間のタイプに「名人」という
人たちがいます。ある特別なことを極めつくして、その代わりにそ
のこと以外は全くと言って何も出来ない、というタイプの人です。
このタイプの究極が、画家の佐伯祐三とか数学者のカントールや
ゲーデルのようにあっちの世界に行ってしまった人たちですね。
もちろん、私はこのような人たちを否定するつもりは全く有りま
せんし、むしろ尊敬しています。そして、伝統的には日本ではい
ろいろなモードを操る人達の事を例えば「器用貧乏」という言い
方をして、あまり良いことだとは思われていない、とそのように
感じます。もちろん、世の中全部「100%名人」、またはその
逆で「100%器用な人」とういうわけにはいきません。時代や
地域によって、必要とされるタイプの人間の比率が変わっていく
のだと思います。

たとえば、江戸時代のようなある程度安定して、また総合的な情
報を得ることが出来る人が限られていた時代には、「名人」の割
合が高いほうがいろいろとよかったのでしょうが、今の日本のよ
うにインターネットを通してすべての人がかなりの情報を得るこ
とが出来、しかも今の日本を見ているとどうも今までの体制では
うまくいかないようになってきた、と皆が感じている、つまり、
世の中の仕組みがかわろうとしているような場合にはむしろ「器
用な人」の割合が高いほうが良いのではないか?
とそんなことを最近考えています。

なぜこんなことを考えるようになったのか、といいますと、実は
これは東日本大震災からの復興が関係しています。最近「東日本
大震災からの復興再生」がいよいよ本格的に動き出してきました。
この復興に関しては、いろいろな分野から自分たちが果たすべき
役割について提言、報告などが発表されています。その一つに独
立行政法人の「日本科学技術振興機構」から出ている「東日本大
震災からの復興に関する提言」の中では次のように書かれていま
す。ちょっと長いけれど引用しますね。

今回の震災において科学者の緊急の対応や社会貢献が十分にでき
ていないことの原因の一つは、科学者の日常の研究が社会の科学
への期待(社会的期待)と十分連結していなかったことにあると
考えられる。もし復興支援を目標として研究するなら、復興の主
体である被災者の期待と連結した研究課題が選ばれなければなら
ないであろう。・・・(略)・・・このような研究は、研究課題
と社会的期待の連結を事実として構成する先行的な事例となるこ
とが期待される。言い換えれば、復興のための研究が科学者と社
会との間に新しい関係を作り上げ、それは結果として、復興と同
時に持続性時代において期待される科学者の発展をもたらす。

東日本大震災、福島原発事故から日本がどのように復興しようと
しているのか、現在世界の注目が集まっています。私なりの解釈
では、その時に必要とされる人材は:

1.いろいろな物事を総合的に見て、良い方向性を判断でき、
(この言葉の中には多くの人と質の高いコミュニケーションがで
きる人、という意味も含まれています)実際にその方向性に向か
って物事を推し進めてゆく実行力


2.実行の過程でも、色々な情報を収集し、さらにそれに基づい
て方向性を修正できる柔軟性

をもった人なのではないでしょうか。

さていよいよ今日のお話の結論です。終業式を迎えて、皆さんは
一つの区切りを迎えようとしています。この機会に私が皆さんに
おすすめしたいことがあります。それは、自分の中に新しいモー
ドをつくる体験する、ということです。この時期学問でも良い、
スポーツでも良い、音楽でも良い、英会話でも良い(ただゲーム
は余りお薦めできません)いままで自分の中になかった新しいモ
ードに挑戦して、それを身に着けるという体験をしてみてはどう
でしょうか。ちなみに、私自身は高校1年と2年の間の春休みに高
2年で勉強する数IIbの教科書を独力で読みました。特に高尚な
動機があったわけではなくて、単に勉強についていけなくならな
い様に予習をしておこうか、くらいの気持ちでした。その中で、
ベクトルの概念を初めて知って、とても面白いと感じたことを憶
えています。この時特力でベクトルの概念が理解できたことは、
のちのちずっと大きな自信になったように思います。このような
体験をすることをお勧めすることを私の今日のお話の結論といた
します。

では新学期にまた皆さんの元気なすがたを見られることを楽しみ
に本日の私のお話を終りにします。
  

福島第一原発のACについて


福島第一原発事故にかんしては本当にいろいろな要素が絡んでいま
すが非常復水器(IC)と呼ばれる装置に関する事故発生当日の取り
扱いに絞ってみてみたいと思います。まずは

原子力発電とはどういう仕組みか

ということですが、これについては大まかに

「放射性物質の核分裂という仕組みによって発生する熱で、水を
沸騰させその蒸気で発電機のタービンを回して発電をする」

という事で良さそうです。(あまり自信が無いので弱気の記述です。)

この核分裂を起こさせる仕組みについてですが、実際には燃料棒
と呼ばれる細長い棒状にした放射性物質を何本も並べます、
そうすると「核分裂の連鎖反応」が起こって、不思議なことに、
何もしないのに、燃料棒の温度が勝手に上がっていきます。
(ほおっておくと、2000度以上?(:自信がない)にまで
上がり、燃料棒はその熱でどろどろに溶けてしまいます。
これが「メルトダウン」と呼ばれる現象です。)そこで
この燃料棒の束を水没させると、その熱で水が沸騰して蒸気が
発生するというわけです。



Wikipediaの記載から:

非常用炉心冷却装置(ひじょうようろしんれいきゃくそうち、ECCS、
Emergency Core Cooling System、緊急炉心冷却装置)は、水を冷却材
として用いる原子炉の炉心で冷却水の喪失が起こった場合に動作する
工学的安全施設である。炉心に冷却水を注入することで核燃料を長期
に渡って冷却し燃料棒の損壊を防止する。ECCSの作動は原子炉の停
止を意味する。

非常用復水器
冷却水との熱交換によって冷却凝縮し蒸気を水に戻す装置で、日本の
原子炉では海水を冷却水としているが、大陸国家の内陸部に設置され
る原子炉では空冷式も存在する[要出典]。初期の古いBWR炉には原子
炉隔離時冷却系(RCIC)ではなく、非常用復水器(IC)が実装されて
いる。


2012年3月19日月曜日

女子中高生のための関西科学塾


3月17日、18日大阪大学で「女子中高生のための関西科学塾2012」
が開催されました。近畿地区を中心に71名の女子中高生が集まり
大阪大学の研究室で最新の機器を使った実験を体験、その後
宿舎で実験についてまとめ、翌日18日その内容をプレゼンテーション
(サイエンスカフェ)し、内容について来場者も含めて採点、
いろいろな賞をもらって帰りました。

参加してくださった皆さんにはとても満足してもらえたようです。
来年は奈良女子大学で開催の予定です。

春休み

高校1年と2年の間の春休みに高校2年で勉強する数IIbの
教科書を独力で読みました。特に高尚な動機があったわけ
ではなくて、単に勉強についていけなくならない様に
予習をしておこうか、くらいの気持ちでした。
その中で、ベクトルの概念を初めて知って、とても
面白いと感じたことを憶えています。

この時特力でベクトルの概念が理解できたことは、
のちのちずっと大きな自信になったように思います。

2012年3月16日金曜日

カントールとゲーデル(続き)2

もちろん、世の中じ「100%名人」、またはその逆で「100%
器用な人」とういうわけにはいきません。時代や地域によって、
必要とされるタイプの人間が変わっていくのだと思います。

さて、江戸時代のようなある程度安定して、また総合的な情報を
得ることが出来る人が限られていた時代には、「名人」の割合が
高いほうがいろいろとよかったのでしょうが、今の日本のように
インターネットを通してすべての人がかなりの情報を得ることが
出来、しかも世の中の仕組みがかわろうとしているような場合に
はむしろ「器用な人」の割合が高いほうが良いのではないか?
とそんなことを思っています。

東日本大震災、福島原発事故から日本がどのように復興しようと
しているのか、現在世界の注目が集まっています。その時に
必要とされる人材は:

1.いろいろな物事を総合的に見て、良い方向性を判断でき、
実際にその方向性に向かって物事を推し進めてゆく実行力



2.実行の過程でも色々な情報を収集しさらにそれに基づいて
方向性を修正できる柔軟性

をもった人なのではないでしょうか。

2012年3月15日木曜日

カントールとゲーデル(続き)


カントールとゲーデルについて書きましたが、率直に言ってハッピ
ーな人生であったとはとても言えないし、自分自身このような人生
を送りたいとは思いません。

彼らの人生というのは、ある意味、あちらの世界に行ってしまった、
そしてもう現実世界とのつながりを無くしてしまった。そのような
人生であった、と感じられます。

普通の生活の中でも、「あちらの世界に行く」に近い感じを持つこ
とがあります。ところで世の中にはとても器用で、なにをやらせて
もそこそこのレベルでやってしまう、とうい人がいます。こういう
人はどうも、物事をうまくやるコツのようなものを心得ていて、自
分が今取り組んでいることのモードに自分をうまく合わせるのに時
間がかからない、とそのような特性を持っているのではないか、と
感じます。

さて日本で伝統的に尊敬されている人間のタイプに名人という人た
ちがいます。ある特別なことを極めつくして、その代わりにその事
以外は全くと言って何も出来ない、というタイプの人です。このタ
イプの究極が、カントールやゲーデルのようにあっちの世界に行っ
てしまった人たちですね。もちろん、私はこのような人たちを否定
するつもりは全く有りませんし、むしろ尊敬しています。

ただ、伝統的には日本ではいろいろなモードを操る人達の事を例え
ば「器用貧乏」という言い方をして、あまり良いことだとは思われ
ていない、とそのように感じています。

2012年3月13日火曜日

科学技術振興機構

科学技術振興機構(JST)は文部科学省の外郭機関として様々な
科学普及活動の支援をしています。
実は私は3年前からJSTの補助を頂いて地域の科学普及活動を実施
しているのですが、間もなく助成期間が終りとなります。公共的な
お金ですから、使用についてはチェックが厳しく、またちゃんと
成果があがっているか、途中で何度もヒアリング等の調査があり
ます。
本日は、この助成に係る最後のヒアリング調査ということでで、
新幹線でJST東京本部に向かっているところです。

(JSTのホームページより)

独立行政法人科学技術振興機構(Japan Science and Technology Agency 略称JST)
は、事業の最終的な受益者である国民の負託に応え、我が国のための科学技
術の振興を進めます。

科学技術の新たな可能性は広がり続け、多くの人々に希望をもたらします。
また、科学技術は人々の生活や社会の発展を支え、未来を拓く鍵ともなりま
す。JSTは、科学技術に正負の両面があることを認識した上で、国民と科学技
術の結びつきを深め、国民の幸福や豊かさの実現に向けた科学技術を推進し、
人々が未来に明るい希望を持ち、安心して生活できる日本社会の実現に貢献
します。

科学技術の進歩や発展が、社会的・経済的な価値として国民と我が国に利益を
もたらし、また地球の持続的な発展に貢献するまでには、その波及効果が大き
く広いほど、様々な人々・組織の取組みによる長期間の活動が必要です。JST
は、我が国の科学技術と社会、地球の未来を見据え、国際社会と協調しながら、
長期的な広い視野を持って事業活動を推進します。

2012年3月12日月曜日

東日本大震災

昨日は東日本大震災からちょうど1年目でした。
あの日は津波が次々と街を飲み込んでいく様子を
リアルタイムでテレビで見ていました。
その後、しばらく胃に何かがつかえたような
感じがして気分がずっと落ち込んでいました。

被災地は少しずつ復興しているけれど、あの時
亡くなった・そして今も行方の分からない1万9千人
を超える方々を失った悲しみは消えることはあり
ません。そして復興はまだ始まったばかりで、震災
への対応は終わったわけではないことを心に刻み
たいと思います。

謹んで哀悼の意と、被災者の皆さんの生活の回復を
お祈りします。


浜辺の歌
林古渓作詞・成田為三作曲


あした浜辺をさまよえば
昔のことぞ忍ばるる
風の音よ雲のさまよ
寄する波も貝の色も


ゆうべ浜辺をもとおれば
昔の人ぞ忍ばるる
寄する波よ返す波よ
月の色も星の影も

2012年3月9日金曜日

努力するということ

「努力すれば出来ないことはない」、または
「夢はいつか叶う」という言い回しがあります。

決して間違ったことを行っているわけではないの
ですが、ちょっと説明不足と思います。

「正しい努力をするならかなりの程度のことは
出来るようになる」

「夢に対して正しい方向を向いて近づいていけば
かなう可能性が大きくなってゆく」

というのがより正確な表現と思います。

では、「正しい努力をする」とはどういう事か、また
「夢に向かって正しい方向を向く」とはどういうこと
か。わたしはそれは新しいモードを身につけてゆく
ことだと思います。

2012年3月8日木曜日

頭のモード

「数学する遺伝子」の中に、単純な計算を繰り返し
していると頭がその計算のモードになる、という
お話が書かれていました。

たしかに実感としてそのような感覚はあります。

数学である問題に取り組むときには、頭が完全に
そのモードに入っていない(頭がそのモードになって
いるかどうかの判定法の一つとして「夢のなかにその問題
が出てくるか」という事がある、気がします)と
本質的な解答は出てこないようです。

但し、このためには非常に高い集中力を必要とします
ので、普通の学校生活をしている間には、このような
モードに入るのは難しいと思います。

春休み、夏休みといった長期のお休みというのは、
このような体験をするのによい機会だと思います。

2012年3月7日水曜日

数学する遺伝子

キース・デブリンの「数学する遺伝子」という本が
すっと気にかかっています。
この本の中からいくつかの言葉を紹介します。

・人間の脳の持つ・・・特徴の一つは、抽象的な
存在について考える能力である。
・・・
抽象的な試行は四つのレベルでとらえるとわかりやす
いと私はおもっている。
レベル1の抽象は、抽象が全くない場合で・・・
レベル2の抽象は、思考者にとっては既知だが、目下の
環境で知覚することはできない実在物に関係する
レベル3の抽象は・・・この場合の思考の対象は、個人
がそれについては知ってはいるが実際には出会ったこと
のない実在物・・・
レベル4の抽象は、数学的な思考が生じている場合である。
・・・まったくの抽象であり、・・・、実世界と単純な
結びつきや直接の結びつきはない。

・数学ができる人がいる一方で、さっぱり理解できない
という人がたくさんいるのだろうか?・・・かれらは
数学が理解できないのではなく、数学にとりかかれない
のだ!・・・基本的な数学の能力は、話をする能力以上
に特殊ではない。

・数学の能力が言語能力からきているということを示
すには、言語が主として何に使われているかをまず調
べるべきである。・・・そしてその用途とは、・・・


2012年3月5日月曜日

ゲーデル

連続体仮説に関するカントールの仕事を受け継いだのは
チェコ生まれの数学者・論理学者のクルト・ゲーデル
(1906〜1978)でした。彼は数学の標準的な
公理系に連続体仮説を付け加えても、矛盾のない数学体系
が出来ることを証明しました。普通に考えれば、これで
連続体仮説は解決したように思いますが、数学的には

「では、標準的な公理系に連続体仮説の否定を付け加え
た数学体系には矛盾はあるのか?」

という問題が残ります(数学というのはそこまでこだわる
ものなのですね)。これについてゲーデルは解答を与える
ことは出来ませんでした。またこのころからゲーデルは
数学の結果を発表しなくなり、人間不信になり、最後は
食事もほとんど取らなくなって。餓死のような状態で亡
くなった、そうです。

その後若き数学者ポール・コーエンがこの問題を解決
(標準的な数学の体型に連続体仮説の否定を付け加え
ても矛盾は起きないことを証明しました)し連続体仮説
は肯定も否定も出来ないことが明らかになったのでした。

コーエンの結果を聞いたゲーデルはその価値を認める
ともに自分がその仕事を成し得なかったことを悔やんだ
そうです。

2012年3月2日金曜日

カントール

集合論の創始者カントール(1945〜1918年)の生涯に
ついては、

アミール・D・アクゼル『「無限」に魅入られた天才数学者たち』青木薫訳、 早川書房、2002年

に詳しい記載があります。私自身はカントールに関する情報はこの本以前は、
あまりなく、現代数学の基礎である集合論を苦労して創り上げた人物で
あること、また精神を病んで、最後は病院で亡くなったことくらいしか、
知りませんでした。
この本によると、元指導教官のクロネッカーによるハラスメント等を
通して次第に精神的に追い詰められ、精神的に崩壊してゆく彼の
様子がわかる気がします。その精神崩壊の鍵になったのが
「連続体仮説」
と呼ばれる問題であることも興味深かったです。
カントール自身はこの本質的に答えのない問題(1960年代に
コーエンによって連続体仮説は否定も肯定も出来ないことが証明
されています)に死ぬまで取り組み続け、このストレスが
精神崩壊の引き金になったと言われています。

精神的にぼろぼろになったカントール自身は数学をやめることを
希望していました(政府や大学に数学科の教授以外の職につけ
るように願い出ていました)が、まるで本人のものとは関係の無い
力が働いているかのように連続た仮説から離れることが最後まで
出来なかったのです。

2012年3月1日木曜日

卒業式式辞


卒業式式辞

ただいま、卒業生〇〇名に卒業証書を授与いたしました。
ご卒業、誠におめでとうございます。卒業生の皆さんは、明日から
新しい生活への希望を胸に、それぞれの進路へと旅立ちます。この
門出に当たり、皆さんの未来に幸多からんことを心からお祈りいた
します。また、この間、お子様を育み、支えてこられた保護者の皆
様方には、改めてお喜び申し上げます。

卒業生の皆さんは本校の「自由・自主・自立」の精神を受け継ぎ学
習や部活動、学校行事などに 熱心に取り組み、知力と体力を育んで
きました。これから皆さんは、それぞれの新しい進路でご活躍され
ることと確信しています。この皆さんの門出に当たり私から一言、
言葉をお送りしたいと思います。

私が本日、皆さんにお話ししたいのは、リーダーシップに関するもの
です。というと、不思議に感じる人も多いのではないかと思います。
といいますのは、私の本業は数学であり、数学者という人種は、基本
的に一般世間からは離れたところでたった一人思索を行うのが仕事で
あり、リーダーシップという言葉からはもっとも離れたところにいる
人間だからです。しかしながらあえて私は数学者から見たリーダーシ
ップというものについてお話ししてみたいと思います。

私が大学院に入学したのは1981年です。そのころには「数学者に
なりたい」という希望を強く持っていましたが一方でその道が容易な
ものではないこともよくわかっていました。ところでこのころアメリ
カの数学者サーストン(1983年フィールズ賞受賞)がプリンストン大
学で行った講義の講義録が話題になっていました.この講義録で取り
扱われているのは三次元双曲幾何学と呼ばれる分野です。この双曲幾
何学というのは2次元ではそれまでに様々な研究がなされており、ま
た4次元以上ではかなり限られた空間になるということは知られてい
ました。この講義録はそれまであまり注目される事のなかった3次元
が,実は他の次元と全く違った様相を持っており,またとても豊かな
世界であることを明らかにしたものです.当時は、まだワープロは一
般的ではなく,タイプライターで打った原稿に手書きの図を添えたも
のを写真製版したという手作り感あふれる本でした.

内容はというとほとんど未開拓のこの分野を記述するための概念や基
礎的な結果を全て自前で準備することを目標としており,また説明も
さらっと書いているとい感じで、はっきり言って,あまり読みやすく
書かれているとは.言えないものでした.当時私はこの内容を理解し
ようと悪戦苦闘したのですが、大学院に入学したてのひよっこである
私には、当然ながらなかなか読み進むことができませんでした.特に
この本の最初のほうに出てくる「双曲的デーン手術」という概念はそ
の後の理論の展開のカギとなる大きな壁でした.

当時は研究集会等を通してサーストンの業績に関する様々な情報も手
に入りましたが、そのような情報がいくらたまっていっても、自分自
身は納得しきれない。なんだか気にはなるけれども,よく分からない,
というもやもやした状態が続いていたわけです.

そんな悶々とした毎日を送っていたわけですが、あるとき,研究集会
(だったと思いますが,どうもはっきりとしません)で東京都立大学
の小島先生という方と話をしていたときに,どんな成り行きだったの
か思い出せませんが,

「双曲的デーン手術というのは有理数だけに定義されているこれまで
のデーン手術を無理数にまで連続的に拡張するものですよ」

というコメントをもいただいて,その瞬間にこの概念のアイディアが
理解できました.「有理数の上で定まっているものを無理数まで拡張
する」たったこれだけの言葉です。しかしこの言葉はその時の私にと
っては決定的な意味がありました。この概念が理解できたときの驚き
と嬉しさは,人生のうちでも何回もないというくらいのもので,その
アイディアの単純さ力強さに感動してしばらく呆然としていたのを憶
えています.

ところで当時私のいた大学院生室には漫画家美内すずえの「ガラスの
仮面」というコミックが揃っていて院生の仲間で回し読みをしていま
した。このガラスの仮面は北島マヤという少女が舞台女優を目指して
成長してゆく姿を描いたものです.この作品の中でマヤはいろいろな
役を演じるわけですが、その中で北島マヤが演じた人物の一人がヘレ
ン・ケラーです.ヘレン・ケラーが実在の人物で、幼いころの病気に
よってものも見えない、聞こえない、そしてしゃべれないという三重
苦を克服した偉人であるということは皆さんご存知だと思います。三
重苦のためで外界から閉ざされた世界に住んでいた子供時代のヘレン
にたいして、教育係としてつくことになったサリバン先生は何とかし
て普通の子供としての教育を施そうとします。先ずヘレンに会話の方
法として指文字を教えようとするのです。ヘレンは様々なものに触れ
てそれに対応する指文字を覚えますが、最初はそれを単なる遊びとと
らえるだけで、ものには名前があり、指文字はそれを表す言葉になっ
ているということすら理解できませんでした。ところでヘレンはとて
も頭のよい子で病気にかかる前、2歳のほんの子供の時にwaterとい
う単語を覚えていたのですが、そのことを知ったサリバン先生はヘレ
ンを井戸のところまで連れて行きそこで実際に水を触らせ、そこで指
文字でwaterとつづることを通して「ものには名前がある」というこ
とを悟らせたのです。ヘレンにとって世界が根本から変わったこの瞬
間をマヤは,どのように舞台で表現しようとしたか。
のちに“奇跡の瞬間”と呼ばれるこの場面を彼女は

水がいっぱい詰まった風船がはじけた瞬間

と解釈して,舞台の上で表現しました.

さて、今日はリーダーシップ、についてお話をするといいました。リー
ダーとしての条件は人それぞれ、それこそ山のようにあります。今日、
私は皆さんにリーダーが果たすべき役割を一つだけ述べたいと思いま
す。たった一つです、簡単に覚えられますよね。今日私が皆さんにお
話ししたいリーダーの条件、それは

「今まさにはじけそうなくらい水がたまった風船になっているような
もの、これは具体的には人や組織などいろいろなものをさしてします、
を見分けて、それがはじけるきっかけを与えることのできる人」

ということです。リーダーは後に続くものたちに水を注ぎ込むことは
必要です。しかし、ひたすら水を詰め込むだけでは、よいリーダーと
は言えません。みなさんはどのような立場になるにしても将来はリー
ダーとして活躍してゆくことが期待されている人材です。将来そのよ
うな立場になったときに、

今まさに水が溜まって弾けそうになっているものを見分けて、そして、
その人にまさに最適な方法で弾けさせることができる、

そのような人間になってほしい。これが、私が今日皆さんにお伝えし
たいメッセージです。

さて、今日ここにおられる卒業生の皆さんの中には望みどおりの進路
に進めることになった喜びに溢れている人がいる反面結果的にはその
ようにならなかった人もいるかと思います.また,もしかしたら,家
庭の事情,身体的な問題などで望む道に進むことを諦めなければなら
ない人もいるかもしれません.しかし人生の先輩として私は皆さんに
言いたいと思います。

あなた達の人生は今始まったばかりです。皆さんの前には無限の可能
性が広がっているのです。そして今難しい状況になる皆さんも含めて
あえて

創造的な生き方そして他人の成長に貢献できるような生き方はどんな
状況にあってもできる

ということを強調したいと思います.そして,皆さんには

この「創造的な生き方はどんな状況になっても出来る」というメッセ
ージを,周りの人に伝えて行ける,そんな人間になっていただきたい
と思います.