今日は先生が小学生の時のお話をしようと思います。
今か52年前1969年今日と同じ7月20日アポロ11号という宇宙船が人類で初めての月面着陸を目指して月の上空百十キロを飛行中でした。操縦をしていたのはニール・アームストロング船長とバズ・オルドリンの二人でした。
これがアームストロング船長です。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%82%B0#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Neil_Armstrong_pose.jpg
この月面着陸計画はアメリカのケネディ大統領が発表したものでした。ケネディ大統領は今から60年前1961年に「1969年までに人類を月に送る」と宣言したのです。
しかしこれは無茶な計画でした。
アメリカは1961年5月5日に宇宙飛行士アラン・シェパードがマーキュリー3号で15分22秒の宇宙飛行をアメリカ人として初めて行っただけでした。15分ですよ。ちょうど幼稚園の年少さんが学校の門から学園前の駅に行くまでの時間くらいでしょうか。それから8年、幼稚園の年少さんが小学校5年生になるくらいの期間で月まで行くようになるという計画なんです。
みんな難しい計画であることを知っていました。でもアメリカの人たちはこれに取り組むことに決めたのです。そしてそのおかげで、色々な技術が進歩しました。その一つがコンピュータです。それまでのコンピュータというのは一部屋ぐらいの大きさで、とても宇宙船に積めるものではありませんでした。技術者たちはそれを30キログラムまで小さくすることに成功しました。コンピュータができたら今度はそれを動かすソフトウェアを作る必要があります。これを担当したのが女性科学者マーガレット・ハミルトンでした。
これがハミルトンです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%AC%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%9F%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%B3_(%E7%A7%91%E5%AD%A6%E8%80%85)#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Margaret_Hamilton_in_action.jpg
ハミルトンは、元々はマサチューセッツ工科大学の研究所でプログラムの開発をしていましたが、NASAが宇宙飛行船のプログラムを開発する人を探していると聞いて、
「絶対にこの仕事をやりたい」
とこれに応募して採用されたのです。その時ハミルトンは27歳で一人娘を抱えたお母さんでした。
やがてプログラムチームの責任者になったハミルトンは宇宙船が月に着陸するときにどのような姿勢で、何秒間逆噴射するのかということを計算するプログラムを作り上げました。宇宙飛行士はプログラムが指示する通りに操作をすれば予定通りの場所に着陸できるはずでした。でも宇宙飛行士の中には機械の言う通りに操縦することを嫌がってハミルトンに心ない言葉を投げかける人ももいました。ハミルトンはそのような言葉にも負けずにアポロ宇宙船を安全に月に着陸させるためのプログラムを作り上げたのでした。
さてアポロ11号の話に戻りましょう。これが月着陸船(ただし写真はアポロ16号)です。
アポロ宇宙船はハミルトンのプログラムが計算した時間通りにロケットを噴射してスピードを落とします。すると宇宙船はどんどん月に向かって降下していきます。どんどん速度が上がっていきます。ところが、このときアームストロング船長はアポロ宇宙船は予定していた場所を2〜3秒早く通過しているのに気がつきました。このままではコンピュータが設定した地点よずっと向こう側に着陸することになってしまいます。
そのとき突然「ブーブー」と警告のブザーが宇宙船の中に鳴り響きます。コンピュータには「警告1202」という表示が出ています。アームストロング船長達は地上で何度も着陸の練習を行なっていました。そのときには考えられるありとあらゆる事故の訓練もしていましたが、この1202というのは一度も見たことがないものでした。実はこれはハミルトンが組み込んでいた安全用のプログラムだったのです。ハミルトンは
「どんな事故が起こるかいろいろ考えてプログラムをしてきた。でもこれで本当に十分だろうか?
本番では私たちが予想もしなかった事故が起こるのではないか」
と考えました。そして
「本番の月面着陸で私たちが予想もしなかったことが起きた時にもちゃんと対応できるようなプログラムを作ろう。」
と考えました。そしてこのプログラムが動いたことを示すのでアラーム1202だったのです。
このおかげで、月面着陸は中止することなく続けることができました。着陸に向けていよいよ最後の段階に入りました。ところが着陸地点を確認したところ、予定の地点より6キロもずれていること、そしてそこはクレーターという大きな穴の中であることがわかったのです。そこでアームストロング船長はコンピュータの自動操縦を止めて手動で操縦することにしました。アームストロング船長の操縦で月着陸船はふわっと浮き上がって、クレーターを飛び越して行きました。普通ならクレーターをさっさと飛び越そうとするところですがアームストロング船長は丁寧にゆっくりゆっくり着陸船を進めていきます。アームストロング船長は着陸船を急に動かすことが危険なことをよく知っていたのです。
宇宙に飛び立つ前にアームストロング船長は着陸船の練習機で何度も何度も、周りの人から
「あいつはおかしいよ」
言われるくらいに月着陸の練習を続けていました。訓練機を自分の思いどおりに動かせるようになったアームストロング船長は無重力状態で急にスピードを変えると燃料タンク内で燃料が暴れて危険なことをわかっていたのです。
ところがそのときまたアラームが鳴りました。今度は「燃料が90秒しか残っていない」と言っています。ギリギリの燃料しか積んでいない月着陸船には余分な距離を飛ぶ余裕などなかったのです。クレーターを飛び越してもその向こうは岩だらけでとても着陸できそうにありません。アームストロング船長は必死で着陸できる場所を探しました。その時、三十メートル四方くらいの平らな場所が見つかりました。
「あそこに着陸するしかない」
と決心したアームストロング船長は着陸船をゆっくりそちらに誘導していきます。練習もしたことのない、失敗は許されない一発勝負です。1分、30秒・・・燃料はどんどん減っていきます。やがて着陸地点に近づくとロケットの噴射で激しい砂埃が上がり、周りの様子がよく見えなくなりました。斜めに着陸すれば宇宙船は転んでしまいます。
アームストロング船長は最後の力を振り絞って宇宙船を進行方向とは逆向きに少し傾けてスピードを殺し、ふんわりと着陸したのでした。この時に残っていた燃料の量は16秒足らず、アームストロング船長の心拍数は1分間に157までに達していました。
こうして、人類初の月着陸は成功したのです。
日本時間で7月21日朝5時17分、当時小学5年生の私はその様子をテレビで見ていました。
さてハミルトンは宇宙飛行士から嫌味を言われながらも着陸プログラムを作り上げただけでなく、それ以上の仕事をしました。アームストロング船長は「やれ」と言わなかったし必要ないかもしれないのに、危険な訓練をやり遂げました。
二人とも自分の気持ちを絶対に曲げませんでした。そして二人のこの強い意志がなければ月着陸は成功しなかったでしょう。
さて皆さんはこれから夏休みに入ります。
この長い休みを利用していつもとは違う経験ができると思います。そこで先生から皆さんにおすすめしたいことがあります。皆さんは学校に来ている間はお友達や先生の「おたずね」があって、自分で気がつかなかったことを教えてもらうことができます。でも夏休みの間は友達からの「おたずね」はありません。そこで
この夏休み中はみなさんには自分で自分に「おたずね」をする習慣をつけてもらいたい
と思います。ハミルトンもアームストロングもやれと言われたことやるだけでは満足せず「まだ見逃していることはないか?」と自分自身に「おたずね」をし続けたのです。この夏休みには皆さんにはそんな経験をしてもらえたらいいな、と思います。
そして9月にまたみなさんの元気な姿を見れることを楽しみにしています。
みなさんにとって実りの多い夏休みになりますように。