2014年10月9日木曜日

テクノロジーの発達によって変わるもの(4)

すべてのやりとりがネット上で行われるこの編集システムでは,
それに関わる様々な判断を行うにあたっての心理的ハードルは
ずいぶん下がり,スピーディーに話を進めていくことができま
す.もちろん,このシステムのほうが絶対的に良い,というつ
もりはありませんが,その一方でこのシステムによって失われ
たものは確実にあります。例えば私が学生のころ指導教官に
「書き上がった論文は半年寝きなさい。そうしてその内容を忘
れた頃にもう一度読みなおして、おかしなところが無ければ投
稿して良い」ということを言われました。このように論文作成
にあたって徹底的にその内容を磨き上げて完成させたものを出
版するという態度などその例といえるでしょう.

これはこれで理解できる態度であると思います。


数学の論文については,単に論理的な整合性にとどまらず,用
語や表現のしかたも含めて徹底的に磨き上げて,これ以上は改
良できなくらいの完成度にしてから発表すべきである,と言う
のは長年の常識でした.テクノロジーの発展によってこの常識
が変わりつつあるのは間違いありません.これにどう向かい合
うのか.これは単純に新しいシステムを取り入れれば良い,と
いう問題とは思えません.できるならば,日本が新たなシステ
ムの提案ができれば良いなあ,と思っています.

2014年10月3日金曜日

テクノロジーの発達によって変わるもの(3)


この掲載が決まるまでの過程で,特におもしろいと思った
のは、掲載の提案をすると、まず主任の編集者がこの掲載
を「支持する」旨全ての編集者に連絡します.全ての編集
者は更にそれを「支持」するのか、どうか表明することが
できます。「支持」が二つ集まれば、論文の採用が決定す
ることになっていますが、通常のこの作業は、一日か二日
で終了、つまり「支持」される場合はあっという間に決ま
ってしまいます。したがって、編集者が掲載について長々
と議論したり、投稿者のことを考えて悩んだりというよう
なことも殆どありません。

2014年9月30日火曜日

テクノロジーの発達によって変わるもの(2)

ところで最近ある外国の数学雑誌の編集をお手伝いすることになり
ました.雑誌の編集と言っても学術誌ですから、基本的には投稿さ
れてくる論文のレフェリーを探して、「依頼」、そして送られてき
たレフェリーレポートを見て、掲載する価値があると認められると
きは、掲載をしたい旨提案して、これが「承認」されれば掲載がき
まるし,掲載する価値なしという判断が出れば,その旨投稿者に連
絡をする,と,このような仕事をすることになります.
これらの一連の作業は基本的に全てWeb上で行われ、編集者が直接
顔を合わせることは原則的にありません。このWebシステムでは、
「レフェリー依頼」のような定型的な文書は全てテンプレートにな
っていて、システムに登録されているレフェリーのリストの中から
適当な人をマウスでクリックして選ぶと、あっという間に依頼文書
が作成され送付され,またレフェリーを引き受けるにあたってはだ
いたい何日で完了するか、登録するようになっており、「締切り」
が近づくとい自動的に催促のメールが送られことになっています.
おかげで、編集者は「締切りの管理」と言った全く生産的でない、
細々した仕事から開放されます。

2014年9月28日日曜日

テクノロジーの発達によって変わるもの(1)


先日数学の日本最大の学会から論説の査読をお引き受けしました.
最初は紙に印刷された原稿が封筒で送られてきて、切手の貼られ
た返信用の封筒と依頼の文書も同封されてしました。査読の結果
は同封の用紙に書き込んで、サインをして印鑑も押すことになっ
ていました。電子的なデータはないので、この用紙を利用しよう
とするとパソコンで作成したレポートを、位置合わせをして打ち
出すか、手書きで書き込むかしかないようですが、どちらも自分
でやるのはご勘弁願いたいものです。結局、中途半端ですが、査
読の用紙には「別紙参照」と書いて、別の用紙にパソコンで作成
しレポートを打ち出し、それをサインと印鑑を押したレフェリー
用の用紙に添えて送り返しました。一応注意しておきますが、依
頼の文書には「お返事はメールでも構いません」という一文も添
えられていたので、一応電子的なデータの提出も受け付けてくれ
ることになっています.

2014年4月11日金曜日

apprivoiserの力(2)

王子様はキツネに何度も聞きます。

Qu'est-ce que signifie "apprivoiser" ?
「apprivoiser」ってどういうこと。

この質問もはぐらかすような返事を繰り返していたキツネは
ついに

- C'est une chose trop oubliée, dit le renard.
それは、(忘れちゃいけないのに)忘れていることだよ。
Ça signifie "créer des liens..."
それは「つながりをつくる」という意味なんだ。

と答えます。更にそれに続く会話の中で

On ne connaît que les choses que l'on apprivoise
人はapprivoiserしたものしか、わかることはできないんだ。

 Tu deviens responsable pour toujours de ce que tu as apprivoisé.
いつだって、君は、君がapprivoiséしたものに責任を持たなくちゃいけないんだ。

という言葉が出てきます。

オリンピックレベルのスポーツ選手は私などどれだけ練習し
ても同じようにできるとは思えない身体の動きをしています。
私は「apprivoisé(原型はapprivoiser」という単語には、
「このような並外れた身体能力を持つ人々と私を分ける壁」、
というイメージを持っています。あの人たちは身体を
apprivoiserしたからこそあのような境地に至ったのだ」とい
う感覚ですね。レベルの低い話で申し訳ないのですが、オカ
リナを吹いているとき私は自分が吹き込んだ息を常にホール
を抑えている指で感じるようにしています。その感覚を意識
しながら演奏をすると、オカリナが自分の体の一部になった
ように感じられるのです。これがまさにapprivoiserした、と
いうことではないかと思います。そう思って振り返ると、数学
と私の関係apprivoiserという言葉で表現できるような気が
します。

まだ専門分野が決まっていない学部生のころ、やみくもにゼミ
のテキストを読んでいるうちに、ある時「そうか、この分野は
要するにこのようなことを研究する分野なんだ」という感じが
分かって、それから勉強がとても楽になったのを覚えています。
そして結局それが自分の生涯の研究テーマになったのです。

キツネは「つながりをつくること」と表現していますが
サンテグジュペリが使った apprivoiserにあう日本語は
「一体になる」
ではないか、という気がします。そう思ったときキツネのことば

Tu deviens responsable pour toujours de ce que tu as apprivoisé.
いつだって、君は、君がapprivoiséしたものに責任を持たなくちゃいけないんだ。


はストンと、私の中に落ちてくるのですが、皆さんはいかがですか。