2012年10月19日金曜日

トンボの羽

大学の階段に,標本状態でトンボが死んでいるのを見つけました.
前の投稿で書いたトンボの羽の特性の話がしっかり頭に
残っていたので早速,資料として研究室に持ち帰りました.
(写真の右下のトンボは絵ではなくて,実物です.)

石田先生のウェブにも書かれていたように,断面が非常に特徴的な
形をしているのがちゃんと見て取れました.それ以外にも手で触ると
非常にザラザラした質感であることがわかりました.この年になって
もこういう発見は嬉しいものです.

ザラザラした感触で,

2012年10月16日火曜日

石田先生の本を購入しました

SSH基礎講座に来てくださった石田先生の本を早速アマゾンで
購入,昨日届きました.

http://www.amazon.co.jp/%E3%83%A4%E3%83%A2%E3%83%AA%E3%81%AE%E6%8C%87%E3%81%8B%E3%82%89%E4%B8%8D%E6%80%9D%E8%AD%B0%E3%81%AA%E3%83%86%E3%83%BC%E3%83%97-%E6%9D%BE%E7%94%B0-%E7%B4%A0%E5%AD%90/dp/4752005514

自然に学ぶネイチャーテクノロジーを
たくさんのイラストで解説している,とても楽しい本です.

取り扱っている話題には,講座の中で出てきた,蓮の葉,
トンボの羽,ハコフグの骨格,ヤモリの足,等の他に
以前から興味のあった構造色のおはなしも出てきていました.

振り返ってみると,私が物心ついたころは,原子力は
夢のエネルギーで,宇宙開発は科学の発達の象徴...
と脳天気に科学の発展を正義と多くの人達が信じていた
ように思います.その後公害問題を契機に科学の発展に
疑問が投げかけられるようになって,やがて倫理,哲学を
巻き込んだ混沌の世界に変わっていく,....
私自身はそのような科学観の変遷とともに成長してきた
のだな,と思います.正直「科学は大切」と生徒たちに訴える
ことにためらいを感じる所もあります.

私にとって
科学の位置にかんする捉え方を変えてくれる,そして
元気をそんな本だと思います.

2012年10月15日月曜日

サイエンス基礎講座のなかの話題から

10月11日にサSSHイエンス基礎講座が行われました.
様々な方面で色々なことを考えさせてくれる,そして
たのしい講座でした.
講師は東北大学大学院環境科学研究科の石田先生.
一見したところ,環境問題をテーマにした講演のように
見えますが,実際のところは政治や社会のあり方に
関するおはなしであったと思います.

お話の端々で「わくわくどきどきしたいでしょ」という
問いかけがありました.なにか,私自身が忘れていたもの
を思い出させてくれたような気がします.

おはなしで取り扱われたトピックの一つにトンボの羽
の話がありました.
トンボがなぜあれほど低速に飛べるのか,という問題
の解答が最近わかったというのですが(詳しくは

http://www.nature-sugoi.net/topics/t3/page1.html

を御覧ください.)学問的には低レイノルズ数の流体力学
の研究,ということに(多分)なるのだと思いますが
このあたりの研究はまだ殆どなされていないとのこと...
これって先日の始業式で失敗に終わったウォークアロング
グライダーの世界の話です.

そういえば,質問していた生徒の中にこれに関する工作
(弱い風で動く風車)をつくってみようという生徒がいました.

私も,やりたい・・・

2012年10月7日日曜日

F1日本GP開幕(3)

このようにホンダ第2期F1活動期は、レースという戦いの
場を情報化、ハイテク化した時代であると言えるわけですが、
セナはその先端に関わりつつ、またその限界も示してくれました。

伝統的な、自動車のアクセル系は足元のアクセルから機械的に
ロッドやワイヤーがつながっていてそれがエンジンまで繋がっ
ている関係上その配置には、どうしても制限がついていました。
ところで、最近飛行機ではアクセルは単なる電気的なボリューム
になっており、その信号を電気的にエンジンに伝える配線は
自由に配置できます(フライバイワイヤ方式)。そこでF1にも
このフライバイワイヤ方式が取り入れられるようになったのですが
セナのアクセルワークはあまりに素早くまた微妙であったため
配線内のノイズと認識されることがありました。
このような誤認識をなくすためにホンダの技術者は大変な
苦労をしたということです。

私はこのような話が大好きで、感動すら覚えます。
あらゆる可能な技術を投入したマシンと、そして
なおその限界を明らかにしてくれる人間の能力。
私がレースに期待しているのはこのようなテクノロジーと
人間の感性の高度な融合なのだな、と思います。

あまりにハイテク化が進んだF1はその開発に巨額の資金を
要するようになります。1994年にこのような状況を改めるための
第一歩として、アクティブサスペンションが禁止されます。
これは車の走行状態をセンサーで感知し、それをコンピュターで
解析してそれに基づき車の最適な状態(前後左右の傾きなど)
を制御するというシステムです。当時のF1カーは特に流体力学に
基づいた空力ボディーの開発が進んでいました。このような
車は姿勢がある(狭い)範囲の中に収まっているときは
ずば抜けた速さを発揮する反面、その範囲を外れるとまったく
コントラールが効かなくなるという、まさに綱渡り的な
バランスの上に支えられている代物でした。そのような
車から姿勢制御のための仕組みだけを取り除けばどのような
事が起こるかは容易に想像がつくでしょう。
1994年のシーズンは当初から大きな事故が続けて起こり、
深い傷をおうドライバー、そして死亡するドライバーが
続出しました。

そして1994年5月1日のイタリアグランプリで時速300Kmオーバー
でコーナリングを開始したセナの車は突然コントロールを失い
コースを外れ、壁に激突、セナはほぼ即死と言っていい
状態で亡くなったのでした。

この事故のあと私のF1への興味は急速に失われて行きました。

2012年10月6日土曜日

F1日本GP開幕(2)

ホンダエンジンの強さの理由の一つに、レース情報
のシステム化、を揚げることが出来ます。
例えば、レース中にエンジンの状態を無線でピットに
飛ばしてリアルタイムにモニター出来るようにした
テレメトリーシステムはホンダが開発したものです。
後に、この情報は衛星回線を使って日本にある
ホンダの研究所に送られるようになりました。
またエンジンというのは、現在はその点火等の
タイミングはコンピュータ制御されており、
コンピュータのプログラムを変更することにより、
全く性格の異なる
ものにすることが可能です。ホンダはいくつもの
プロウラムを予め準備をしておき、レース中に
無線でこれらのプログラムを交換するような
システムも開発していたそうです。

このホンダの栄光の時代を支えたのが、ブラジル人
ドライバーのアイルトン・セナでした。
セナは単に速く走るだけではなく、次々と
新しいテクノロジーが導入されるF1の世界に
あって、常にそのテクノロジーを理解しよう
とした、ドライバーであったと言われていま
す。常に新しい技術に興味をもち、技術者に
質問をし議論を交わすセナの姿は、一流のドライバー
の中でも、珍しいものであり、ホンダを始め
多くの日本人に好意的に受け入れられました。
(因みに、1994年セナが事故で亡くなったのち、
コンピュータ関係の雑誌ASCIIは、セナの特集
組み、高度にデジタル化されたF1の世界を
描いています。)

2012年10月5日金曜日

F1日本GP開幕

今日からF1日本グランプリが開幕、とのことです。
最近はすっかりご無沙汰していますが、F1GPの全レースが
地上波で放映され始めた1987年から1994年頃まで深夜に
行われる放送にかじりついて、よく寝不足になっていました。

当時はホンダの第2期F1活動期で
技術的にはターボエンジンと自然
吸気エンジンが混在してレースが行われていました。
馬力的に不利な自然吸気エンジンは排気量3000ccまで
認められていたのに対し、ターボエンジンはその半分の
1500ccまでの制限がありました。しかしターボの優位性は
そのハンディをものともせず、当時は優勝争いをするには
ターボエンジンでなければ無理、という状態で、ホンダも
当然、技術的にチャレンジのしがいのあるターボエンジン
で参戦、1986年には個人タイトルは逃したものの、
コンストラクターズのチャンピオンを獲得していました。
1987年は個人、コンストラクターズのダブルタイトルを
狙っての参戦でした。

因みに1986年のホンダエンジンは他のエンジンに比べて
200馬力アドバンテージがあると言われていました。
(1500ccで「200馬力でる」、ではなく200馬力他のメーカーを
上回っていたのです。当時ルノー等他のエンジンが800馬力
で戦っていたのに対して、ホンダエンジンは
1000馬力で本番のレースを戦っていたとのことです。
更に、燃費が問題にならない予選では1400馬力がだせた、
つまりほぼ1ccあたり1馬力出すことができた、という
ことです。)

絶対的な物量をほこるホンダの体制は当時のF1エンジン
は究極の姿を見せてくれたわけですが、その姿は
見ているだけで快感を与えてくれました。
それは早い物、強い物に対する本能的なあこがれ、
を感じさせてくれた、と言っても良いと思います。