2023年12月24日日曜日

2023年12月22日全校集会

 さて今年もいよいよ終わろうとしていますが皆さんにはどんな一年でしたか?

良い年でしたか?


本当に今年はいろんなことがありましたが先生がまず考えたのは、まる2年以上続いてきたコロナ感染症がようやく落ち着いてきたことです。


おかげで3年ぶりに水泳ができたり臨海合宿ができたり、6学年が揃って運動会や音楽会やなかよし集会ができたりできました。先生はとても嬉しかったです。


ところで、このコロナの流行を抑えてくれたのが、ワクチンです。今年になってみんながいろんな行事ができるようになったのもこのワクチンのおかげです。


今日はこのワクチンのお話をしたいと思います。


ワクチンというのは、ある決まった薬の名前ではなく病気にかかりにくくしたり、病気にかかっても軽くて済むようにする方法のことです。人は、なぜ病気になるのかというとウイルスなどの病原菌が体に入ってきて、悪さをするからです。


これまでのワクチンというのはこ病原菌を人間が育てて、それからその病気の元になる病原菌を弱らせてわざと人間の体に入れてやります。そうすると、体は弱った病原菌と戦って病気と戦う方法を覚えます。そうやって病原菌と戦う方法を覚えると、本当の病原菌が入ってきた時にそれと戦う方法を知っているので病気にかからなくなるか、かかっても軽くて済むというわけです。


ところでこの「弱った病原菌を作る」というのはとても手間がかかる作業で普通は新しいワクチンを作るのは3年はかかると言われています。でもコロナのワクチンは1年もかからず出来上がりみんなコロナワクチンの注射を受けることができました。


なぜこんなに早くワクチンができたかというと、カタリン・カリコ博士という人が研究していたmRNAというこれまでとは全然違った方法を使ってワクチンを作ったからです。


実は今年の3月の全校集会で先生はカリコ博士のお話をしています。

でもそのことを憶えていない人も多いと思うのでもう一度カリコ博士のことを紹介させてもらいますね。カリコというのはあまり聞いたことがない名前だと思います。カリコ博士はハンガリーという国で生まれました。年齢は先生よりもすこし歳上(1955年生まれ)です。カリコ博士のお父さんは肉屋さんでお母さんは事務員として働いていました。

普通のお家の生まれだったんですね。その頃のハンガリーはあまり豊かな国ではありませんでした。カリコ博士のおうちも貧乏でした。家には部屋は一つしかなくてお風呂も水道もない、そんな生活でした。


そんな具合でしたからカリコ博士は本を読んだりするような普通のお勉強はしたくてもできなかったと思います。でもお家の周りにはたくさんの自然がありました。カリコ博士は草や木、動物たちがどのように生まれて、成長してそして死んでいくのか一人で観察してそのことについて自分なりに考えていたそうです。自分の周りにある自然をみて自分で考える、ということをずっとし続けました。


やがて高校生になった博士はトート先生という生物の先生に出逢います。トート先生は高校生になったカリコ博士が自然を観察する素晴らしい力を持っていることを見抜いて博士の発見を発表するためにいろんなコンテストに出場するお手伝いをしてくれました。博士はトート先生の期待に応えてコンテストで素晴らしい成績をあげました。


そしてトート先生が高校生のカリコ博士にとっても大切なことを教えてくれました。それは「誰かの頭で考え、誰かの目で見るのではなく、自分の頭と目で見ることが大切だ」ということです。


普通勉強というと、新しい知識を本を読んだり誰かに教わったりすることだと思うのではないでしょうか。トート先生の専門の生物学ではメンデルやフレミングという素晴らしい研究者のお話を通して本当に大切なことは何か教えてくれました。


遺伝の研究をしたメンデルは何年もえんどう豆を自分の目で観察し続けて「メンデルの法則」を発見しました。


フレミングは悪い細菌を培養している皿の中にたまたまカビが紛れ込んで、それが細菌を殺しているのに気がついてこれが元になってペニシリンという薬が作られそのおかげでたくさんの人の命が救われました。


このように科学の発見というのは、自分の目でものを見た人が成し遂げることができるものなのだ、ということをトート先生はカリコ博士に教えてくれたのです。


ところで今年は先生はみんなが自由研究の発表をしている様子を見せてもらうことができました。そこでは皆んなが、自分の目で見て、感じたことを言葉にして友達や先生に伝えている姿を見ることができました。

みんなはトート先生からカリコ博士が学んだように本当に素晴らしいことを勉強しているんだ、と思いました。


さて今年の10月にノーベル生理学・医学賞の受賞者としてカリコ博士が選ばれました。


それをきいた先生は皆さんの中からもノーベル賞を取れるような素晴らしい仕事をしてくれる人が出てくるかもしれないと思いました。そしてそんなみなさんと一緒の学校にいられること、これに気付けたことがが先生にとっては今年の嬉しい気づきの一つでした。あまりに嬉しかったので今日みんなに紹介させてもらいました。


どうかみんなもぜひ振り返りをしてもらいたいと思います。そして今年が皆にとっていい一年だだったことに気がついてくれたらいいなと思います。


そして新しい年が皆にとって素晴らしい年になりますように。


これで先生のお話を終わります。

2023年11月2日木曜日

教科国際で学ぶ異文化理解の目指すものについて

(以下は本校の育友会の発行している冊子に寄稿した文章を若干改変したものです。

 1984年、当時大学院の博士課程に在学中であった26歳の私は、幸運にもアメリカに一年間留学をする機会をいただくことができました。これは私にとって初めての親元を離れた一人暮らしの経験であり、不安を抱えての出国でしたが、留学先のカリフォルニア大学バークレー校にある研究所では、世界的な数学者たちの研究を間近でみることができ、学問的にとても有意義なものになりました。ただ後になって振り返ってみると、この留学を通じての最も大切な学びは、海外の人と毎日の生活を共にすることによって「アメリカに住んでいる人たちも私と同じ人間なんだ」ということを心から実感できたことだったように思います。「何を、当たり前のことを言っているんだ」と言われそうですが、留学前の私にとってアメリカという国やそこに暮らす人々は、映像や文章を通してだけ触れることができる、まるで夢の国のような遠い世界だったのです。アメリカに到着したばかりの私には、そこにいる人々が、私と同じように笑い、怒り、悲しむごく普通の人間であることを想像することがきませんでした。そして、この「彼らも同じ人間だ」という実感を持てたことは、その後私が海外の人たちと接する時の大きな助けとなったように思います。

ところで、東ヨーロッパで黒海の北に位置するウクライナは肥沃な土地に恵まれ、「ヨーロッパの穀倉地帯」と呼ばれる豊かな農地とそこで生産された穀物を輸出するための良港を持っています。ただし、国の大半が平地であるため、外部からの侵入を受けやすく、歴史的にこの豊かな土地を狙う周辺国による支配・分割を受け続けてきました。比較的最近の事例では、ソビエト社会主義国連邦(ソ連)はウクライナを完全に取り込みウクライナ文化や言語を抑圧、さらに集団農業を導入しました。この影響で1932年から1933年にかけては、ウクライナではホロドモールと呼ばれる大飢饉が発生、数百万人のウクライナ人が餓死しました。また1939年に始まった第二次世界大戦では、ウクライナはナチス・ドイツに占領されました。このときウクライナの人々はナチスがソ連の支配から解放してくれることを期待していましたが、実際にはソ連に劣らない厳しい迫害が続きました。第二次世界大戦後、ウクライナは再びソ連に取り込まれてしまいました。ウクライナ人にとって自分たちの独立国を持つことは長年の夢でしたが、1991年にソ連が崩壊しついに念願の独立が実現したのでした。ただし、この新しく建国されたウクライナも依然として資本主義を理念とする西側諸国と、旧ソ連に所属していた諸国の間の争いに巻き込まれ続けています。特に、ソ連時代に多くのロシア人がウクライナに移住しており、その存在は現在ロシアがウクライナに侵攻する口実になっています。

さて、昨年度本校の2星の担任をされていた朝倉先生は、戦禍を逃れて奈良に避難中のウクライナ人学生ヴィクトリアさんと一緒に2星のしごと学習を実施しておられました。この取り組みでは、ウクライナの生活に関する独自学習・相互学習を繰り返すとともに2022年11月28日、12月19日、2023年2月21日の3回にわたってヴィクトリアさんに来校いただき対面の授業を行ったそうです(なお、2月21日にはNHKによるテレビ取材が行われました)。対面ではウクライナ料理のシルニキを作ったり、逆に日本のおにぎりをヴィクトリアさんに作ってもらったりしましたが、事前にヴィクトリアさんにシルニキのトッピングなどに関する質問をする方法について考え、実際に質問をする練習をしたり、またヴィクトリアさんが本校に来る時の助けになる地図を作ったり、ヴィクトリアさんが日本で不自由と感じていることを質問したりする練習などの学習をしていたとのことです。

豊かな大地を持つが故に、周辺国から蹂躙され続け、今もロシアからの侵攻に苦しんでいるウクライナに対して、海という天然の要塞に守られた島国である日本に住む私たちは、ウクライナの人たちが世代を超えて感じ続けている痛みを実感として理解するのは難しいのかもしれません。ましてや小学2年生の子どもたちに人為的に描かれた国境で区切られた国々の集合体であるヨーロッパが抱える、政治的・歴史的苦悩とそれに起因する人々の痛みを知識として理解することはほとんど不可能でしょう。しかし、子供たちは今回の学習で、私が26歳でようやく実感することのできた「アメリカに住んでいる人たちも私と同じ人間である」という感覚に匹敵するものを、知ることができたように思います。子どもたちにとって英語やウクライナ語は、それを使うこと自体が目的ではなく、ヴィクトリアさんとコミュニケーションを取るための媒体という機能があり、それを実現するには形式的な発音や表現を覚えるという技巧を超えた深い考察が必要だったのです。そして、それはヴィクトリアさんがより便利に奈良で生活できる方法を探るために、実際に利用されたのでした。

今の子供たちが、世の中で活躍する頃には人類はどのようになっているのでしょうか。願わくば世界中の人々がその多様性を互いに尊重しあった上で、真の国際相互理解ができる平和な時代が来てほしいものです。子供たちが成長し、世界の様々な場所で働く際に、そのような世界を作ることに貢献できる人材となることを願っています。そしてそれが教科国際の目標であり、私たち教育者が今探求すべき課題なのであり、そしてそのためには、今回朝倉先生が取り組んでおられるような教育こそが大切になるのではないか、などと感じています。


2023年4月10日月曜日

2023年度始業式

 皆さんおはようございます。いまこうして皆さんの姿をまたみることができてとても嬉しく思っています。


ところで、先月3月20日の終了式で先生はmRNAワクチンを開発したカタリン・カリコ博士のお話をして、博士のお父さんが肉屋さんにお話に繋げて、エッセンシャルワーカー(:本当に大切な仕事をしている人たち)というお話をしました。


今日もまたコロナに関係したことをお話ししたいと思います。

3年間、私たちはコロナウイルスの影響に苦しんできましたが、カリコ博士の研究やその他の人々のおかげで現在はコロナの収束が見え始め、コロナ以前の生活が戻ってくるんじゃないか、と期待されています。ただし、先生はこれからもいろいろ嫌なことが起きるんじゃないか、と心配しています。


ちょっとコロナ流行が始まった頃のことを思い出してみます。そこで、先生がすごく気になったことがあります。それはエッセンシャルワーカーと同じ頃に話題になった「自粛警察」という言葉です。コロナ流行が始まった頃、政府は私たちに「家に閉じこもって外に出ないようにしてください」と呼びかけました。このように家に閉じこもることを「自粛」といいますが、その頃、自粛警察と呼ばれる人々が現れました。彼らは街に出ていって、自粛をしていない人を写真に撮ってネット上で晒し者にしたりしました。きっと自分たちが正しいことをしていると信じていたのでしょうが、自粛警察人たちがコロナが広がる原因になりかねなかったり、実際には迷惑なだけで、効果はなかったとされています。


なぜ自粛警察のような人が出てきたのでしょうか?いろんな意見があると思いますが先生が「そうだよね」と一番思うのは、


人間は自分の理解できないことが起きるのが我慢できない、という性質を持っている


というのです。そして自分の理解できないことに不安になった時に無理矢理理由をつけようとするのです。


特に弱い人を攻撃することで安心しようとする人が出てくるようです。


そのようなことで起きた悲劇を紹介しますね。14世紀のヨーロッパでペストという病気が大流行してたくさんの人が亡くなった、ということがありました。(*)当時はウイルスについての知識もなくてなぜ人々が次々と死んでしまうのかわかりませんでした。そんなことに不安になった人々はこの病気の原因を無理やり探そうとしました。その頃、ユダヤ人という人たちは、彼らの信じてる神様の教えに従って体を清潔にしていたのでペストにかかる人が少なかったのです。そこで「ペストはユダヤ人が毒をばら撒いたのが原因だ」という噂が広がり、多くのユダヤ人が虐殺されたと言われています。


(*) https://www.y-history.net/appendix/wh0603_1-090.html


本当にいたましいことです。さてここで話は変わりますが、ここでマスクについて考えてみましょう。今政府はマスクについては、「どうするか自分で考えてください」といっています。だから今は「もうマスクはほとんど必要ない」という人もいれば「まだまだマスクは必要」という人もいるでしょう。実際にには病気や体質でマスクをしなければいけない人もいるでしょう。マスクをするかとるというのは「これが正しいという答えがない問題」なのです。このような問題のことを「正解のない問題」といいます。自粛警察のような人たちはこのようなこと、つまり「正解のない問題」があるということが不安でしょうがないのだと思います。


ところで、今朝先生は学校に来る途中で電車の中でマスクをしていない人たちを見かけたんですが、その時にちょっと「イラッ」とする感じがしたんです。先生は、この時ふと自分も自粛警察と同じになっているのかもしれない、気をつけなければいけないと思いました。


周りを見回してみると、今の時代は「正解というものがない問題に囲まれた時代」であることがわかります。例えば、「幸せになるにはどうしたらよいか」や「地球の環境を守るのはどうしたらよいか」というのも正解のない問題ですね。このような時代には何が必要だと思いますか?


先生は、皆さんが毎日のようにしている「おたずね」が大切だと思います。おたずねを通して相手の言っていることをきちんと理解すること、そして「おたずね」の相手をもっと広げて社会のこと、病気のことなどに対する正しい知識を知る力だと思います。そして皆さんがその力を持っていると思っています。


さあ新しい学年が始まります。みんなで一緒にしっかり考えて良い道を探していい一年にしましょう。

2023年3月20日月曜日

2022年度終了式

 間もなく今の学年が終わりとなります。

皆さんにとってこの一年はどんな一年だったでしょうか?・・・このように聞かれた時に、当然皆さんはコロナのことを思い出すと思います。

実際世の中ではこの三年間ずっと新型コロナウイルス感染症に振り回されてきました。


今から三年前のちょうど今頃、日本に入ってきたコロナがどんどん広がっているところでした。またテレビなどで次々とコロナにかかった人が亡くなるといったことが放映されていました。その時は

「コロナにかかる人はものすごい速さで増えていっているのに、どんな治療をしたら良いのかわからない」

ということで先生はとても不安な気持ちでした。他の人たちもきっと同じような気持ちだったと思います。4月には、緊急事態宣言と言って大阪・京都・兵庫などに住む人たちはできるだけ家から出ないようにと政府からお願いがありました。


皆さんも、4月に新しい学年が始まったのにすぐ学校や幼稚園・保育園に行けなくなり、オンラインで授業を受けないといけなくなりました。運動会や遠足などの行事もなくなり、友達と一緒に遊ぶこともできなくなりました。それでも、なんとか5月の終わりには、少しずつ外に出ていくことができるようになりましたが、コロナは完全に無くなることはなく、その後も何度も何度も流行を繰り返しそのたびに学校はお休みになりました。日本だけではなく世界全体が沈んだ気持ちになっていたといえるでしょう。


しかし、そのような中、希望を感じさせてくれることもありました。先生が感じた一番大きな嬉しい驚きの一つはコロナワクチンの開発です。


ワクチンの開発というのはとても手間と時間がかかる仕事で、普通は3年、どんなに急いでも2年はかかるだろうと言われていました。これではとても間に合わない、と思っていました。しかし実際には一年も経たずワクチンが完成してアメリカで接種が始まり、その後に日本でもワクチン接種がはじましました。なぜこんなことができたかと言うと、その理由はmRNAワクチンというこれまでにない新しいワクチンの技術を使ったからです。


さて今日は、この mRNAワクチンの研究と開発を行った究者のお話をしたいと思います。


このmRNAワクチンの研究をしたのカタリン・カリコ博士というハンガリー生まれの女性科学者です。博士は親の精肉店を営んでいてあまり豊かでありませんでした。大学を出たあと地元の研究機関で研究員として働きましたが、研究所からお金を出してもらえなくなったことからハンガリーでは暮らしていけなくなり。1985年博士が30歳のとき、夫と当時2歳の娘さんの3人で研究するためにアメリカに渡りました。当時ハンガリーはお金を自由に持ち出すことができなかったため、カリコ博士は娘さんのぬいぐるみの中に900ポンド(多分日本円で20万円もないと思います)、これが博士のお家の全財産でした、を隠してアメリカに持ち込んだということです。


https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/world-situation/still/hungary_06.jpg


しかしアメリカに渡っても博士の研究は決して順調ではありませんでした。mRNAをワクチンとして使うには色々都合の悪い性質があったのです。博士はそのような悪い性質をなくすためにはどうすれば良いのか研究を進めていました。博士の研究のおかげで、少しずつmRNAをワクチンとして使うための方法がわかっていきます。しかしその研究はなかなか認めてもらえなかったんです。ついには大学から研究費ももらえなくなってしまい大学をやめなければならなかったのです。しかし博士は諦めず薬の研究をする会社で研究を続けました。


このようにmRNAには技術的に難しいところもありがましたが、いいところもありました。ワクチンを作るのにウイルスそのものを使わず、遺伝子のデータさえあれば、短い時間でワクチンをつくれるのです。これが、今回1年もかからずワクチンを作ることができた理由です。カリコ博士の研究はコロナに限らずこれからの私たちの健康にとって大きな役割をはたしてくれるだろうと言われています。このような大きな貢献をしたカリコ博士は今年のノーベル賞を取るかもしれない、と噂されています。先生も10月のノーベル賞の発表を楽しみにしてます。


このようにどんなに苦しくても自分の研究を続けたカリコ博士は素晴らしい人だと思います。それにつけたして先生はカリコ博士についてこれとは別のことで素晴らしい人だと思いました。今日はそのお話もしてみたいと思います。


博士はインタビューの中で

「コロナとの戦いでの本当のヒーローは、コロナ患者の看病をした人や街や建物の掃除をした人だ」

と言われていました。これはどういう意味なのでしょうか。少し説明しますね。


皆さんはエッセンシャルワーカーという言葉を知っていますか・・・あまり聞いたことのある人はいないようですね。エッセンシャルという言葉は「本当に大切な」という意味でワーカーというのは「仕事をする人」という意味です。「本当に大切な仕事をしているひと」とはどんな人だと思いますか?皆さん想像できますか?


例えば皆さんはが家にこもってオンラインの授業を受けている時も、皆さんが食べる肉や野菜を加工する人や生活に必要なものを運んでいるトラックの運転手といった人たちは休むことができません。エッセンシャルワーカーというのはこのような人たちのことを言うのです。そしてヨーロッパではこのような肉の加工をしている人たちの中からコロナに感染した人がたくさん出ました。日本では、トラックの運転手さんたちに心無い言葉を投げかける人がいたりもしました。今は、肉の加工をしてくれた人や運転手さんたちの活動がどんなに勇気あるものだったのかわかる気がします。


ところでカリコ博士のおうちは、どんな仕事をしていたか覚えていますか?・・・そう肉屋さんでしたよね。博士の心の中にはこのような人たちに対する、気持ちが自然に浮かんできたのだと思います。



https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/world-situation/still/hungary_03.jpg


コロナは、大きな災害でした。まだ終わったわけではありませんが先生はコロナを通してエッセンシャルワーカーという大切なものについて学べたような気がします。そしてこのような学びをいろいろな事を考えるための参考にしたい、と思っています。コロナという災害を通して学べることはもっともっとたくさんあります。皆さんも是非とも考えてみてもらいたいな、と思います。


さて春休みが始まります。この休みの期間、皆さんがこのようなことを考えるためのきっかけになったらいいな、と思っています。


2023年3月10日金曜日

しなやかなに課題を解決する力

 (以下は本校の育友会の発行している冊子に昨年(2022年)寄稿した文章を若干改変したものです。

今年に入ってから3年月組の生徒たちが、校庭の隅で何やら建築作業のようなことをしていたのですが3月には高さ1.4メートルほどの縄文時代の竪穴式住居のレプリカが出来上がっていました。この仕掛け人は清水先生であるとの情報がありましたので直接お話をお聞きしましたところ、昨年の12月頃から縄文時代をしごと学習のテーマとしていて、子供たちは勾玉を作る体験を紹介したり、貫頭衣を作ったり、縄文時代に行われていたアンギン編みと呼ばれる布を麻の糸で編んだりとさまざまな学習が行われ、そこから展開した成果物の一つが右記の竪穴式住居とのことでした。
ところで岸田首相は自身の看板政策の一つとして「新しい資本主義」を掲げています。巷間では、トマ・ピケティの「21世紀の資本」や斎藤幸平氏の「人新世の「資本論」」がベストセラーとなるなど、「資本主義」という今の経済の基本システムを修正または変更していこう、という世界的な流れがあります。さてこれに関連して強調しておきたいことが一つあります。それはこのような社会構造のあり方に関する議論はこれまでも何度もあったのですが、昨年(2021年)「IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第6次評価報告書」で「2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする脱炭素社会の実現を目指す」という目標が設定されました。つまり2050年という締め切りのはっきりとした対応が同時進行で求められている、という意味で現在の状況はこれまでのものよりより複雑なものとなっている、ということです。ただ経済学のことを何も知らない私が偉そうに言う資格はないことは予めお断りしておきますが、ピケティや斎藤氏の問題提起には説得力はあるもののそれを実現する政策に落とし込む方法は?というと「一部の人に偏っている富を累進課税などの制度を利用して強制的に徴収しそれを経済的な弱者に再分配する」等、トップダウンによるもので、率直に申し上げて実行にあたっては色々と困難があるように見えます。一方で、ですがこれらの問題に関連して安宅和人氏は「シン・ニホン」の中で「先進的なテクノロジーを積極的に取り入れながら自然と人間が共に豊かに生きることができる未来像」を描き・実現していく「風の谷」(この名称はアニメ「風の谷のナウシカ」に由来します)というプロジェクトを提案されています。またこれとは別のものとして、日本に豊富にある森林資源をエネルギー源として活用し生活の利便性を損なうことなく、自然災害などに対してロバストな生活の基盤を構築し、さらにはこれを社会のセーフティネットとすることにより多くの人々が幸福感を持てる社会を実現しようという藻谷浩介氏の「里山資本主義」という活動がすでに各地で実践されています。これらの活動を見ると今私たちの前にある二つの課題
・ポスト資本主義の提案・実現
・地球温暖化問題
は、例えば「原子力発電vs. 再生可能エネルギー」といったような、対立構造で捉えるのではなく、両方に同時に、そして柔軟な柳の木が降り注ぎ続ける雪の中にあっても折れることが無いが如く「しなやかに対応」していくことが可能なのではないか、という希望を感じさせてくれます。
さて私は最近まで、縄文時代というのは、狩猟採集を基盤とし竪穴式住居に住み縄文式土器を使う原始的会、といった程度の貧弱な認識しか持っていなかったのです(お恥ずかしいことです)が、清水先生の取り組みに影響されて少し調べたところ、近年その研究が急速に進んでおり例えば次のような特徴を持つことを知ることができました。(なお、一口に縄文時代と言ってもその時期により大きな違いがある為、以下の記述は非常に杜撰なものであることはご注意ください。)
・今から約1万6500年前から始まり3000年前〜2400年前まで(135世紀以上!)続いた世界的にも稀な長期文明である
・他の地域の多くの狩猟採集民とは異なり定住をしていた。それらの定住地の間ではかなりの広範囲で物々交換による交易が行われていた。また本格的な農業は行われていなかったものの食用の植物を植林していた形跡がある。
・居住地に環状列石といった構造物あった他、燃え盛る焔(ほのお)を模したと思われる火焔型土器といった、高い精神性に基づくと思われる遺物が数多く見つかっている。
その他挙げればきりがないのですがかつてこのような高い持続可能性を有した社会が実際に存在したことは驚きを禁じ得ませんでした。
ところで最初にご紹介した清水先生のしごと学習で先生は「学校の中でできる限り縄文人の生活をやってみよう」という課題を提起されただけで、特定のゴールは設定しなかった、とのことでした。私はこのような「フワッとした」目的に向かわせる実践は子供たちがこれからの人生で直面していくであろう、ポスト資本主義のような課題に対して「しなやかに解決する力」につながると感じました。このような学習のできる本校には素晴らしいポテンシャルがあると信じています。

算数・数学教育に期待するもの

(以下は本校の育友会の発行している冊子に寄稿した文章を若干改変したものです。

2021年1月、それまでの大学入試センター試験を引き継ぐ形で、大学入学共通テスト(以下、共通テスト)が実施されています。コロナ禍の影響もあり大混乱の中で行われた第一回目のそれは、大学入試センターとはあまり大きな変化はなかったような印象でした。ところが、2022年1月に行われた第二回テストでは一転して難易度が上がり平均点が大幅に低下、受験関係者をパニックに陥れたのでした。特に目立ったのは数学の難化で科目「数I・A」では平均点が約20点下がりました。具体的にはどんな問題が出たのか、ここで数I・Aの問題を少しご紹介します。ここで「数学の問題」と聞いてこの小文を読むのをやめてしまう方がおられるのではないかと心配しております。なるべく数式は使わない説明をするつもりですが、「数学の話は見るのも嫌」という方は次の段落を飛ばしていただいても趣旨は理解できますので、あまり気にせずに先にお進みください。

この問題はハイキングに来た太郎くんと花子さんの会話で構成されており、その中で直角を挟んで底辺の長さが1、高さが0.2867の直角三角形の縮図が出てきます。ただし、この三角形は本物を縮尺したものではなく、本物の三角形を水平方向には10万分の1、高さ方向には2万5千分の1に縮尺したものになっています。この時、本物の三角形の底辺と高さの比を求めなさい、というのがこの問題の実質的な内容となっています。参考までに解答の概要を紹介すると水平方向の縮尺は10万分の1ですから、本当の三角形の底辺の長さは10万、高さ方向の縮尺は2万5千分の1ですから本当の高さは0.2867×25000=286.7×25=7,167.5となります。よって本物の三角形の高さと底辺との比(の値)は7,167.5÷100,000=0.071675となり、これを使えば答えを導くことができます。

以上ごちゃごちゃと説明をしましたが、ポイントはこの問題は高校で習う三角関数に関するものですが、実質的な計算の部分は小学生にもできる比の考え方と掛け算と割り算であったと言うことです。ではなぜ2022年に、共通テストの問題はこのような変化したのか、そしてこの変化をどう理解すべきか、考察したいと思います。

2022年6月2日に内閣府は「Society5.0の実現に向けた政策パッケージ」(以下「政策パッケージ」)と題された資料を発表しています(なお、Society 5.0というのは、「IoTやAIによるビッグデータ活用・自動化によって起こる技術革新が実現する超スマート社会」とされており、政府はこの実現を日本の目標と位置付けています)が、この資料の8頁では「私たちを取り巻く社会構造のこれからの変化」を説明したポンチ絵が挙げられています。その中で左側(:これまでの世界)には人が縦に積み上がったピラミット型の組織の図が描かれ、右側(:これからの世界)ではフラットに広がった人たちが、分野・業界を超えて連携して問題に取り組んでいる姿が描かれています。さらにその時に必要とされる素養は「分野と関係なく一気に解けるアプローチ」により「分野や業界を超えた「よそ者」と一緒にパートナーとなり」思考・発想できる力、とされています。この文書では、これからの世界の人々のあるべき姿このように想定し、これからの教育ではこのような社会で活躍できる人材の育成を目指すべきとしています。


https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/mirai_jinzai/pdf/005_s02_00.pdf

このような課題を受けて私たち教育者はこどもたちにどのような力をつけてもらうようにすべきか?このことを考えた時に私にはまず2003年のPISAショックと呼ばれる出来事が思い出されます。OECD(経済協力開発機構)は3年ごとにPISAと呼ばれる国際的な学習到達度調査を実施していますが、日本はこの調査の数学的リテラシーの部門で2000年に1位だったのが、2003年には6位に転落、読解力に至っては14位となり、これが契機となってそれまでの「ゆとり教育」から「脱ゆとり教育」へと転換し、授業時間や教える内容の増加、さらに、全国学力テストの復活にもつながった、と言われています。この頃は、PISAで好成績を挙げたフィンランドの数学教育に注目が集まり、多くの研究者により様々な考察がなされています。例えばフィンランドでは数学の学びを4つのカテゴリーに分けてその中の「数字を扱うスキル(を身につける)」では、小学校では足し算の学習で「2+□=7の時、□は何ですか?」といった問題を取り扱う、といったことなどが紹介されていました。その後日本でもこのような学習方法が導入されていますが、走馬看花と言うのは失礼ですが、その本質がどこまで理解され実行されているのか、いま一つよくわかりません。

そのようなことを考えている中、昨年(2022年)本校で実施した「学習研究集会」で、本校の河田学級の公開授業、1年生の(「けいこ(算数)」)の学習を拝見しました。そこで河田先生は「1+1」、「1+2」、・・・、「9+1」といった一桁の数の足し算が書かれた45枚のカードを使って「これをきれいに並べなさい」という課題を出しておられました。私はこの「きれいに」という言葉を聞いた時19世紀から20世紀にかけて活躍したフランスの数学者ポアンカレの次のような言葉を思い出しました:

一体、数学上の発見とは何であろうか。(中略)発見とは識別であり選択である。(中略)有用な組み合わせとは正にもっとも優美な組合せである。(ポアンカレ『科学と方法』)

一般的に数学は「論理的な学問」あるいは「論理的思考力を訓練するための科目」と呼ばれていますが、一流の数学者は数学の本質を「美的感覚」と考えています。その意味で私は河田先生が子どもたちに出された問いはこれまでの算数・数学教育を本質的に超える可能性を秘めたもの、そしてそれが今教育界に求められているものの本質である、と感じています。


2023年3月10日 卒業式式時

 本日は、ご来賓や保護者の皆様をお迎えし、第112回卒業証書授与式を挙行できますことは、生徒、職員一同にとりましてまことにありがたく大きな喜びとするところであります。

ご臨席の皆様方に、心から感謝申し上げます。

また、この間、お子様を育み、支えてこられた保護者の皆様方には、改めてお喜び申し上げます。


卒業生の皆さんは、希望を胸に、新しい道へと進んで行かれます。

皆さんのこの門出にあたり、私からお祝いの言葉お送りしたいと思います。


さて、今世界は「分断」と「対立」という問題に苦しんでいます。例えばお金持ちと貧乏な人の収入の差はこれまでになかったくらいに大きくなっています。その結果、下の人たちは


「私たちのことを理解できない、上の人よりも、強力な権力を持った私たちを理解してくれる人に力づくで世の中を良くしてもらおう」


というやり方を期待するような動きが目立っています。このような時代に、皆さんはどのように生きていくことを目指すべきなのでしょうか。


一つは上の方の人になることを目指すこと、ということです。ほんの少数の上の人になることによって幸せになれるという考え方です。またそれとは逆に下の人々をまとめる人間になって力づくで世の中を変えていく、という考え方もあるでしょう。しかし先生にはこのようなやり方は、どちらにしても、正しいとは思えないのです。


今日は、このような問題について最近先生が考えていることについてお話ししたいと思います。


今から65年前の1958年、この年は先生の生まれた年でもあるのですが、ロシアのベリャーエフという学者は、ギンギツネというとても凶暴なキツネを人を懐くようにするのにどれくらい時間がかかるのか?ということを調べ始めました。ギンギツネ(以下「キツネ」とします)は人が手を出すと指を噛み切ってしまうくらいに乱暴で絶対に人には懐かないだろうと言われていました。

ベリャーエフは人間に興味を持つキツネ同士の子供を生ませ、その子供から生まれた子供の中から人間に興味を持つもの同士からまた子供を産ませるというということを繰り返しました。すると、たった6年後には人間に懐くキツネが生まれてきたのです。動物が変化するには何十万年とか何百万年かかるのが、常識ですからこの結果に研究者達はびっくりしました。


ところでこの人に懐くようななったキツネは性格だけではなく体の形も変わっていきました。体は小さく、骨も細くなってしまました。このように、人に懐くようになったキツネは、力が弱くなってしまったように見えました。実際、昔の荒々しかったキツネと1対1で喧嘩をしたら、必ず負けたことでしょう。ところが、今から20年ほど前の2003年にブライアン・ヘアというアメリカの学者が、人懐こいキツネと荒々しいキツネの頭の良さを比較する実験を行ったんですね。そうすると人懐こいキツネの方が、いろいろな問題を解決できることが分かったんです。


さて、先生にはこのキツネの実験が


私たちがみんなで力を合わせること、そしてそのためにはみんながお互いに理解をしあおうとすることが大事だ


と教えてくれるように見えます。


自分と違う人たちとも、ちゃんと話をして、話を聞いて、お互いに尊重しあって、一緒に問題を解決することでいい未来がつくれる、そしてそれにはそんなに長い時間は必要ない、


と言っているように思えるのです。ところで振り返ってみると皆さんは本校で六年間毎日


おはなし、つけたし、おたずね


を、そして授業中には


めあて、ふりかえり


を繰り返してきましたね。そのやり取りの中で皆さんは人の話を聞きながら


「あの子のお話をもっと知りたいから、こんあおたずねをしてみよう」


などということを考えたのではないでしょうか。このようなやり取りを通して皆さんは人の話をちゃんと聞いて、一緒に問題に取り組む力を身につけてきたのだと思います。


さて、最初の話に戻りましょう。いま世界は「分断」という難しい問題を抱えています。このような時代に皆さんは


人とのやり取りと協力を通して問題を解決をしていく力


という宝物をもって飛び立っていくのだと思っています。それを身につけた皆さんは未来の希望だと先生は信じています。


未来は皆さんのものです。そして先生は皆さんの力に大きな期待をしています。

皆さんの未来に幸多からんことをお祈りしています。

頑張ってください。