2012年3月23日金曜日

終業式講話


さて、今日の私のお話を始めるにあたって、皆さんに簡単な
算数で頭のウォーミングアップをしてもらおうと思います。
これから簡単な算数の問題をだしますので、できるだけ早く、
答えを頭の中に思い浮かべてください。

1−1は?
4−1は?
8−7は?
15−12は?

さて、ではここでちょっと別の事をお聞きします。
5と12の間の数を一つだけ思い浮かべてください。

7を思い浮かべた人、手を上げてください。

なぜ、7を思い浮かべた人が多かったのかという説明がキース
・デブリンという人の「数学する遺伝子」という本の中に書か
れていました。

それは、最初の引き算の計算をしているうちに皆さんの頭が引
き算モードになって、5と12という数字を聞いた瞬間に意識
しないで二つの数字の間で引き算をしてしまったのである

つまり頭の中が、自分でも意識しないうちに引き算モードにな
ってしまったために自分でそうしているとも気がつかないうち
12引く5の答えである7を思いついていた、というわけです。

ところで、世の中にはとても器用で、なにをやらせても、相当
のレベルでやってしまう、とうい人がいます。学校の勉強はト
ップクラス、スポーツでも音楽でもとにかく取り組んだものは、
どれも素晴らしいレベル、とまあそんな感じの人ですね。たと
えば、今年度文部科学省はサイエンス・インカレという企画を
実施しました。これは文部科学省によると

学生の能力・研究意欲を高め、創造性豊かな科学技術人材を育成
することを目的に、自然科学分野を学ぶ全国の学生が自主研究の
成果を発表し競い合う場として、「サイエンス・インカレ」を
平成23年度から開催することとしました。

という企画で全国から自主的に研究をしている大学生が集まって
自分の研究について発表する、というもので今年この大会に集ま
ってポスター発表、口頭発表をおこないました。この大会で最高
の賞である文部科学大臣表彰を受賞したのは

東京大学理学部物理学科3年生の王青陽(おうせいよう)さんという
中国人学生で、日本生まれアメリカ育ちの帰国子女の方だそうで、
その研究は
「二光子共鳴レーザー誘起蛍光法を用いた水素分子の遷移寿命の
回転依存性及びその同位体効果」
(なお、この大会では本校卒業生の西田さんと中嶋さんも「リア
ルタイム共有システム構築のためのプラットフォームの開発とそ
の応用」という研究で奨励賞(分野別分科会最優秀賞)と企業賞(
芝賞)を受賞しています。さらに付け加えさせていただきますと、
この大会には奈良女子大学からも数学で一名出場しております。)
というもので世界初の測定結果を含む非常にレベルの高いもので
あった、ということです。私はこの方は個人的には全く知らない
のですけど、ちょっとネットで名前を調べたところ、サッカーや
ESSなどの活動もしっかりやっておられるようで(同姓同名の別
人の東大生という可能性はありますが)、どうやら、何をやって
もしっかりできる、というタイプの人のようです。まあ、私くら
いの年になると、こういう人を見ても妬(ねた)みのような感情
は起きないのですが、若いころはこういう人を見ると、羨ましい
と同時に敵愾心(てきがいしん)を感じて、心を乱されたもので
す。皆さんはいかがですか。

ところで、こういう何でもできるひとは何が違うのか、ということ
について考えてみたいのですが、こういう人はどうも、物事をうま
くやるコツのようなものを心得ている、もう少し具体的にいうと、
自分が今取り組んでいることのモードに自分をうまく合わせること
がスムーズにできる、とそのような特性を持っているように感じら
れます。たとえば、学問をするときには学問をするモードに、音楽
をするときには音楽のモードに、といった具合にいろいろなモード
をもっていて、スムーズにそれらを切り替えることができる、とい
ったところが私たち凡人と違うように感じます。ではなぜこのよう
な人たちはいろいろなモードを身に着けられるのか、・・・このよ
うな人たちの特徴としては、いろいろなモードを身につけるための
原則のようなものをちゃんと知っている、ということがあるように
思います。たとえば、楽器の演奏をすることになったとする。その
ときやみくもに音符を指の動きに置き換えて、その動きを練習して
もなかなか進歩しないし、やっていても面白くもなんともない。す
ぐに飽きてしまって、投げ出して「やっぱり、自分は音楽の才能が
ないのだ」と自己嫌悪に陥る、と、まあこのあたりが普通のパター
ンではないかと思います(実は私自身がそうです)。ところが何で
もできる人は、まず考える、この楽器を演奏するには指はどう動か
さなければいけないのか、頭の中で何度もシュミレーションするそ
して完璧に引けたときのイメージができてから初めて楽器に触る、
そして実際に楽器に触るときには決してごまかさない。あくまでも
イメージ通りに引くことを目指す。その時には完璧に弾けたときの
イメージがあるからうまくいかないところがどこなのかが見える。
そしてどこを克服すれば良いのか、もよくわかる。努力の目標がは
っきりするわけですね。そうすると何の努力をしているのかはっき
りわかるし、それを達成できた時には大きな満足感が得られる・・
・とこんな風に楽器を演奏するモードを身につけている・・・ので
はないかと想像しています。

さて日本で伝統的に尊敬されている人間のタイプに「名人」という
人たちがいます。ある特別なことを極めつくして、その代わりにそ
のこと以外は全くと言って何も出来ない、というタイプの人です。
このタイプの究極が、画家の佐伯祐三とか数学者のカントールや
ゲーデルのようにあっちの世界に行ってしまった人たちですね。
もちろん、私はこのような人たちを否定するつもりは全く有りま
せんし、むしろ尊敬しています。そして、伝統的には日本ではい
ろいろなモードを操る人達の事を例えば「器用貧乏」という言い
方をして、あまり良いことだとは思われていない、とそのように
感じます。もちろん、世の中全部「100%名人」、またはその
逆で「100%器用な人」とういうわけにはいきません。時代や
地域によって、必要とされるタイプの人間の比率が変わっていく
のだと思います。

たとえば、江戸時代のようなある程度安定して、また総合的な情
報を得ることが出来る人が限られていた時代には、「名人」の割
合が高いほうがいろいろとよかったのでしょうが、今の日本のよ
うにインターネットを通してすべての人がかなりの情報を得るこ
とが出来、しかも今の日本を見ているとどうも今までの体制では
うまくいかないようになってきた、と皆が感じている、つまり、
世の中の仕組みがかわろうとしているような場合にはむしろ「器
用な人」の割合が高いほうが良いのではないか?
とそんなことを最近考えています。

なぜこんなことを考えるようになったのか、といいますと、実は
これは東日本大震災からの復興が関係しています。最近「東日本
大震災からの復興再生」がいよいよ本格的に動き出してきました。
この復興に関しては、いろいろな分野から自分たちが果たすべき
役割について提言、報告などが発表されています。その一つに独
立行政法人の「日本科学技術振興機構」から出ている「東日本大
震災からの復興に関する提言」の中では次のように書かれていま
す。ちょっと長いけれど引用しますね。

今回の震災において科学者の緊急の対応や社会貢献が十分にでき
ていないことの原因の一つは、科学者の日常の研究が社会の科学
への期待(社会的期待)と十分連結していなかったことにあると
考えられる。もし復興支援を目標として研究するなら、復興の主
体である被災者の期待と連結した研究課題が選ばれなければなら
ないであろう。・・・(略)・・・このような研究は、研究課題
と社会的期待の連結を事実として構成する先行的な事例となるこ
とが期待される。言い換えれば、復興のための研究が科学者と社
会との間に新しい関係を作り上げ、それは結果として、復興と同
時に持続性時代において期待される科学者の発展をもたらす。

東日本大震災、福島原発事故から日本がどのように復興しようと
しているのか、現在世界の注目が集まっています。私なりの解釈
では、その時に必要とされる人材は:

1.いろいろな物事を総合的に見て、良い方向性を判断でき、
(この言葉の中には多くの人と質の高いコミュニケーションがで
きる人、という意味も含まれています)実際にその方向性に向か
って物事を推し進めてゆく実行力


2.実行の過程でも、色々な情報を収集し、さらにそれに基づい
て方向性を修正できる柔軟性

をもった人なのではないでしょうか。

さていよいよ今日のお話の結論です。終業式を迎えて、皆さんは
一つの区切りを迎えようとしています。この機会に私が皆さんに
おすすめしたいことがあります。それは、自分の中に新しいモー
ドをつくる体験する、ということです。この時期学問でも良い、
スポーツでも良い、音楽でも良い、英会話でも良い(ただゲーム
は余りお薦めできません)いままで自分の中になかった新しいモ
ードに挑戦して、それを身に着けるという体験をしてみてはどう
でしょうか。ちなみに、私自身は高校1年と2年の間の春休みに高
2年で勉強する数IIbの教科書を独力で読みました。特に高尚な
動機があったわけではなくて、単に勉強についていけなくならな
い様に予習をしておこうか、くらいの気持ちでした。その中で、
ベクトルの概念を初めて知って、とても面白いと感じたことを憶
えています。この時特力でベクトルの概念が理解できたことは、
のちのちずっと大きな自信になったように思います。このような
体験をすることをお勧めすることを私の今日のお話の結論といた
します。

では新学期にまた皆さんの元気なすがたを見られることを楽しみ
に本日の私のお話を終りにします。