始業式講話
約2年間奈良新聞にパズルの連載をしていました.
そこでだした川渡りパズルの一つを紹介しましょう。
(もちろん私のオリジナルというわけではなく,よく知られた
パズルです)
子犬一匹と子猫二匹をつれた子供が小川を渡ろうとしています。
子供は一度に一匹しかつれて川を渡れません。また子供が子犬
と子猫から目を離すと、子犬は子猫にいたずらをしてしまいま
す。子猫がいたずらをされないように皆が川を渡るにはどのよ
うにすればよいでしょうか。
さて、では話題を変えて、すこし暗号のお話をしたいと思いま
す。暗号というのは、たとえば皆さんが友達に手紙か何かを使
って何か秘密のメッセージを送りたい、といった状況で、その
手紙が途中で誰かに見られても何が書かれているか分からない
ようにする技術、です。
なんだか、ややこしい言い方になってしまいましたが、要する
に「あした、朝、公園」といったメッセージを授業中に隣にす
わっている友達に渡したい、といった状況を考えます。このと
き「あ」を「か」、「し」を「き」、「た」を「く」、「さ」
を「け」、「こ」を「こ」、「う」を「さ」、「え」を「い」、
「ん」を「た」に置き換えることにすると、「あしたあさこう
えん」は「かきくかけこさいた」という意味不明の文章になっ
てしまって。このメッセージを先生に見られても、何が書いて
あるかは、先生には分からない・・・という訳です。でこれを
受け取った友達は、さっきの文字の置き換えを逆に適用してや
れば、「あしたあさこうえん」というメッセージが読み取れる、
というわけです。
ところで、このメッセージを受け取った友達は予めどのように
文字を置き換えたのかを知っていなければ、このメッセージを
受け取っても、もとの文章を知ることはできません。
ここで問題です。このような予めの打合せをしなければ、二人
は秘密のメッセージをやり取りすることは出来ないのでしょう
か。実際に、大切な状況でこのような暗号を使うことを考えて
みてください。予めの打合せなしに秘密のメッセージをやり取
りすることができたらどんなに便利でしょうか。例えばインタ
ーネットで、自分のほしい服を売っているネットショップを見
つけたとします。皆さんはすぐにでもクレジットカードの番号
をショップに送って購入の手続をしたい、と思っています。し
かしそのクレジットカードの番号をショップのホームページに
あるフォームに書き入れて送信すると、その番号は中継点となる
サイトで覗き見ることが出来るのです。インターネットという
のは決して魔法のネットワークではありません。基本的にはそ
こに流れている情報は、0か1を表す信号であり、それを盗み
見するのは全く難しいことではないのです。そこでこのカード
番号を暗号化して送る必要があるのですが、暗号を使うために
はあなたとショップの間で予めどんな暗号を使うのか決めてお
く必要があります。どんな暗号を使うのかをどうやって連絡す
るのか?インターネットでどんな暗号を使うのか連絡しても途
中で盗み見されてしまうのです。では、どうすればよいか?一
番確実なのはあなたが自分でその方法をショップに伝えに行く
のですが、そのためにショップのあるところまで行くことにな
ったらインターネットを使う意味はないでしょう。
ちょっとややこしいのでまとめてみましょう。皆さんは自分の
南京錠と鍵を持っています。この南京錠で鍵をかけたメッセー
ジを友達に送れば途中でそれを盗み見されることはありません。
しかしこの南京錠を開けることの出来る鍵は自分(皆さん自身
ですね)しか持っていないのです。ですからこの鍵のかかった
メッセージを受け取った友達はこれを開けることは出来ません。
直接、鍵を友達のところに持っていけば問題はないのですが、
それをするくらいだったら直接メッセージを伝えれば良いです
よね。鍵を送ること無く、秘密にメッセージを送る方法はない
のか。これは暗号理論で「鍵配送問題」と呼ばれている問題です。
歴史上暗号は2千年以上使われてきましたがこの問題は常に暗号
を使う人たちを悩ませてきたのです。例えば第2次世界大戦では
ドイツ軍はエニグマと呼ばれる暗号を使っていましたが、安全の
ためにドイツ軍は毎日違った暗号方式を使っていました。毎日ど
んな暗号を使うのか書かれた本を数ヶ月に一度前線に送る必要が
有りましたが、この本が、もしも敵の手に渡ったら、数ヶ月の間
筒抜けになってしまう危険があるのです。実際この危険性はドイツ
軍にとってアキレス腱となっていたのです。
1970年代になっても鍵配送問題は依然として暗号における本質的
問題でした.当時既に金融のシステムなどのオンライン化が行わ
れていましたが,暗号を使って安全に情報のやりとりを行うには
鍵を安全に配送できることが大前提でした.鍵を安全に配送する
方法は,さっきも述べたように人が運ぶことです.当時は政府の
高度な情報や金融の情報を扱うための鍵は人が運んで届けていた
ということです.このためのコストは膨大になり,政府や金融界
の大きな悩みのタネになりました.「鍵配送問題は本質的に解決
できない」当時の多くの人々はそう信じていたのではないでしょうか.
くどいようですが、もう一度問題を整理しておきましょう。皆さ
んはそれぞれ南京錠をもっています。南京錠というのはカチッと
かけることの出来る錠(じょう)とそれをあけることのできる鍵
から出来ています。皆さんはそれぞれ錠とそれにあった鍵をもっ
ています。但し、あなたの持っている鍵で友達の錠を開けることは
できません。あなたは、メッセージに錠をカチッとかけて友だちに
送ることが出来ます。こうすれば、途中で手紙を盗み見することは
できません。ただしこのままでは受け取った友達も手紙を見ること
は出来ません。(当たり前ですね。)なんとかうまくメッセージを、
途中で盗み見されることの無いように、友達に送ってください。
そのためにどうすればよいか。まず出来ることはそんなには有りま
せんよね。あなたは自分の錠を手紙の入った箱にかけて、友達に送
ります。受け取った友達はそれを開けることはできません。ではど
うするか。とりあえず出来ることは自分の錠をその箱にかけるくら
いしか有りませんね。では友達はその箱に錠をかけます。友達の手
元には錠が2個かかった箱があります。とりあえずこれをあなたの
ところに送り返します。あなたの手元には錠が2個かかった箱がき
ました。さてどうします。できることは・・・そう、自分の鍵を使
って自分の錠を外すことです。そうすると手元には友達の鍵だけが
かかった箱が残りました。これを友達のところに送り返すと、・・・
友達はこの錠を自分の鍵を使って外すことができます。そう、これ
は鍵配送問題の解決になっています。
この考え方は、それまでの暗号の常識をくつがえす、大きな突破口
でした。この考え方はそのままでは実際にインターネットで使える
暗号にはなりませんでしたが、この考え方の上にいくつかのアイデ
ィアを積み上げることにより、現在インターネットで使われている
暗号が考案されたのでした。
さて、今日私は何が言いたいのか、・・・今日渡しが皆さんにお伝
えしたいメッセージは、本当に革新的なアイディアというのは、と
ても単純ですっきりしたものである、ということです。
さて昨年3月11日に起きた東日本大震災とそれに続く津波、そし
て原発事故は現在も多くの人たちの生活に大きな影響を与え続けて
います。特に原発事故に関する報告書がいくつも発表されています。
わたしも「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検討委員
会」の中間報告書を読んでみましたが、特にその中でも福島第一原
発のAC(非常要復水器)がどのように動作したのか検証している部
分は非常に興味深かったです。
いま、この非常復水器の動作、この一点だけに絞って、確認したい
と思います。(以下の内容は「東京電力福島原子力発電所における
事故調査・検討委員会」の報告書とNHKの番組に基づきます。)
まず原子力発電の原理からです。原子力発電というのは
「放射性物質の核分裂という仕組みによって発生する熱で、水を沸
騰させその蒸気で発電機のタービンを回して発電をする」
という事で良さそうです。(あまり自信が無いので弱気の記述です。)
この核分裂を起こさせる仕組みについてですが、実際には燃料棒と
呼ばれる細長い棒状にした放射性物質を何本も並べます、そうする
と「核分裂の連鎖反応」が起こって、何もしないでも、燃料棒の温
度が勝手に上がっていきます。
(ほおっておくと、2000度以上?(:自信がない)にまで上がり、
燃料棒はその熱でどろどろに溶けてしまいます。これが「メルトダ
ウン」と呼ばれる現象です。)そこでこの燃料棒の束を水没させる
と、その熱で水が沸騰して蒸気が発生するというわけです。
さて原子力発電所は地震などの災害が起きたときに、原子炉の制御
が不能にならないように、緊急にその動きを止めるための仕組みを
準備しています。
福島第一原発の場合、地震が発生して2秒後に燃料棒の間に制御棒と
呼ばれる核分裂反応を抑えるための棒が一斉に差し込まれ原子炉の
運転は停止しました。
ただし、制御棒によって原子炉の運転が停止したとしても、燃料棒
は依然として熱を発し続け、そのままほっておくとメルトダウンが
起こってしまいます。そこで、この熱を冷やすために水を原子炉に
おくりそこで熱せられた水を外に送り出す、といった具合に水を循
環させて原子炉を冷やし続ける必要があります。
通常はこの水の循環は電気で動くモーターを動力として行われ、こ
の動力の電源が、例えば送電線の事故によって、届かなくなった時
に備えて、発電所内にディーゼルエンジンで発電する発電機を備え、
さらにそれが何らかの原因で動かなくなったときに備えて非常用の
バッテリーも準備されています。まあ、一言で言うと3重の安全装
置で守られている、ということですね。
さらに福島第一原発にはこれらの電源がすべて失われたときに備え
て、電気が無くても原子炉が冷却できる仕組みが装備されていまし
た。これが非常要復水器(AC)です。
さてACは「全電源喪失時(外部電源もディーゼル発電機もバッテリ
ーも使えなくなった時)」に原子炉を冷却するための仕組みです。
構造的には原子炉に2箇所穴をあけてそれをパイプで繋いだもので、
このパイプの途中部分が冷却用の水の中を通っています。原子炉で熱
せられて高温(200度以上?)になった蒸気はこのパイプを通って
いき、冷却用の水によって冷やされ、原子炉に戻ります。このとき冷
却水は熱せられて、蒸気となりますが、この蒸気は外部に排出されます。
福島第一原発ではこのACが2つ装備されています(それぞれA系統、B
系統と呼ぶことにします)。A系統、B系統にはそれぞれ4つの弁が装備
されていて、合わせて8つの弁があります。それぞれの系統の弁を4つ
とも「開」にすると、ACが働き出します。一つでも「閉」になっている
と、ACは働きません。
午後14時46分:地震発生、
直後に原子炉では全制御棒が挿入された。外部電源で原子炉を冷却しよ
うとしたが、地震の影響で外部電源は供給されなかった。非常用ディー
ゼル発電機が発動、電気を供給する。また、このときACも2系統(A系
統、B系統)ともすべての弁が開となり起動。なおこれらの弁は電気によ
って開閉を行う。
冷却水の循環と、ACの併用では「原子炉が冷えすぎる」のでACについて
は、B系統は閉じてA系統で、3つの弁を開にしておいて、残りの一つの弁
の「開閉」によってコントロールすることにした。(実際この方法で津波
がきて全電源喪失するまで、原子炉の温度を管理していた。)
(15時27分、15時35分に津波が到着、ディーゼル発電機、バッテ
リー、電源盤が水没して全電源喪失
→その結果、中央制御室ではすべての計器が動作しなくなった)
→ACの弁の開閉も分からなくなった、
また
ACは全電源喪失時にはすべての弁が閉じるようになっていたが当直はその
ことを思いを致していなかった(報告書の表現をそのまま使いました。)
この時点でACのすべての弁は閉じられてしまいました。
2011年3月11日15時27分、と35分に大津波が福島第一原発を
襲い、その結果原発では全電源を喪失して原子炉に冷却水が循環できなく
なり、また
非常要復水器(AC)の8個の弁もすべて閉となり、原子炉は全く冷却でき
ない状態になっていました。
しかし、この全電源を失ったため、このACの状態は誰も把握することが
出来ませんでした。また全電源喪失時にACの弁がすべて閉になることに
気がついているものもいませんでした。
このように一切の冷却機能が失われた原子炉に何が起こるのか分かって
いるひとは、極端な言い方ですが、日本には誰ひとりとしていなかった
ようです。NHKで事故後3ヶ月かけてこの時の原子炉の状態をシミュレ
ートしたところ原子炉は次のような状態であったようです。
電源を消失後原子炉の水位は急激に減少、1時間15分後(午後5時頃)燃
料棒の上まで下がる。
4時間39分後(午後8時15分頃)燃料は完全に露出メルトダウンが始まる。
(そう、メルトダウンは地震のあったその日に既に起こっており、福島
第一原発は大量の放射性物質をまき散らしていたのでした。)
さて、福島の原発の事故に関してはあまりにも多くのことが絡んでおり、
単純に「何がよかった、悪かったといった議論はすべきではない」、と
考えています。しかしその一方で私たちは、この事故から沢山のことを
学ばなければなりません。今日私は非常用復水器の3月11日の、ほんの
数時間の動作についてだけお話をしました。もし、この時、非常用復水
器が正しく使われていたら、・・・このように考えるのは意味のないこ
とと分かっていても、やはり悔やまれてなりません。いまこうやってあ
の日に起きたことを振り返ったとき皆さんはどのような感想を持たれた
でしょうか。
私には、ここにあったのは、例えば暗号の鍵配送問題を解決したような
単純で力強いアイディアの正反対ものであったように思えます。
さて新しい学年が始まりました。皆さんはまた新しい経験をこれから積
み上げてゆくことになるでしょう。新しいことは皆さんに時には期待だ
けではなく、不安を起こさせることもあるでしょう。私は、今日皆さんに
力強い、考えは単純である
というメッセージを送りたいと思います。
このメッセージが皆さんにとってお役に立つことを祈りつつ、私の今日のお話を終わりたいと思います。