エコール・ポリテクニークを優秀な成績で卒業しますが
引き続き高等鉱業学校(エコール・デ・ミーヌ)で三年間
勉強を続けます.
この頃既にポアンカレは数学に対する強いあこがれを
持っていましたが,なぜ,鉱業学校だったのでしょうか.
その理由はよくわかりませんが,当時鉱業(鉱物の採掘等)
は,産業革命を支える,言い換えると国の基盤を支える,
重要な技術と見なされていました.優秀な理系の学生は
当然鉱業を学ぶべきだという雰囲気があったのかもしれません.
(一昔前の,優秀な理系の学生は物理学を専攻して
原子力の研究を通して国に貢献する,といった感覚に
近いのかもしれません.)
ポアンカレはここで鉱物学,地質学,鉄道建設,鉱業法規,
農学等おおよそ数学とは関係のない,鉱山運営に必要となる
実学をおさめます.またここではフィールドトリップといって
フランスの地方や国外に出て工学に関するレポートを書くこと
になっています.ポアンカレはハンガリーと北欧にいって
冶金技術等についてのレポートを書いています.このレポート
もすばらしいできであったようです.
そして1878年(ポアンカレ24歳ということになるでしょうか)
に鉱山学校を卒業,鉱山技師としてヴズールに配属されます.