1879年3月28日の鉱山技師としてのキャリアをスタートした
ポアンカレですが,それから8ヶ月の間に担当地区の鉱山を
5回訪れレポートを作成する等精力的に活動をしています.
かれが鉱山技師となって5ヶ月ほどたった
9月1日午前4時彼の担当である,操業を始めたばかりのマニの
鉱山で爆発事故が発生,そのとき坑道には現場監督,作業員
等22人がいましたがそのうち16人が亡くなるという大惨事と
なりました.この知らせを聞いたポアンカレは同日昼過ぎに
マニに到着(この時の,ポアンカレへの連絡はどのように
なされたのでしょうか.電信,電報?ちょっと気になります)
まだ,爆発の原因も特定されていない中,自ら炭坑におり
事故現場を自分の目で見て,そしてそれから3週間をかけて
詳細な報告書を作成します.
この報告書の現物は見ていませんが先日あげた書籍によると
詳細な観察と論理的な推論に基づくすばらしいものであった
ようです.
ポアンカレは死体の状況等から爆発場所を特定
しましたが,ここでいくつかの不可解なことが見つかりました.
まず爆発が起きたのは亡くなったペロという作業員が持って
いたランプが原因であることはわかったのですが,不思議な
ことにこのランプは地上から15センチくらいの所に下げられて
いたのです.これが何が不思議かと言いますと,坑道内で
発生する可燃性のガスは空気より軽いため,天井からたまって
いくという性質があります.このため普通なら地上15センチまで
ガスがおりてくるまでに,人間は窒息するのですが,遺体の
状況からペロは爆発により一瞬のうちに亡くなっていることが
わかったのです.
また鉱山で使うランプは爆発がしにくいような工夫がなされて
いるので普通にランプを使っているだけでは,そう簡単に
爆発はおこらないことになっています.ペロの近くにあった
爆発の原因となったランプの残骸をよく調べてみると,そこには
つるはしが傷つけられた後が残っていることがわかりました.
どうやら,気がつかないうちにつるはしでランプのガラスを
割ったことが爆発の一因になったようです.ただここでも
不思議なことにペロはつるはしを持っていなかったのです.
さらに不思議なことにペロが持っていたランプはペロが記録に
残して持ち出したものではなかったのです.