高等鉱業学校で鉱業に関する様々な勉強をしている間も
ポアンカレは数学に関する研究を行っていました.
それも,数学とはおおよそ関係のない多くの科目の
勉強の傍らで,数学の様相を大きくかえるような研究を
積み重ねていたのです.この時の研究の様子については
有名なエッセイ「科学と方法」(現在岩波文庫で復刻されています)
の中(第3章数学上の発見)で詳しく述べられています.
(有名な馬車のステップに足をかけたとたんに問題の解答
が見えた,というくだりはこの中のものです.)
この仕事に関する評価は高く,1979年12月1日鉱山技師
であったポアンカレをカーン大学が教授に任じたのでした.
こうしてポアンカレは本来彼がいるべき場所,つまり数学
の世界,に落ち着いたのでした.ひどく遠回りをしたようにも
見えますが,ポアンカレ自身はそのようには感じていなかった
ようです.かれは鉱山技師として無期限の休職許可を与えられ,
給与はないものの形式的には鉱山技師であり続けました.
実際,現場を離れた何十年もたった後も,鉱業について忘れる
ことはなく,折に触れてそれについて語っていたということです.