エンターテイメント作家の故大藪春彦の代表作,「汚れた英雄」は天涯孤独の2輪の天才ドライバー北野晶夫が日本のローカルレースを皮切りにライダーとして成長してゆくさまを描いていました.全4巻のこの長編小説の最終巻後半では,名門オートバイメーカーアグスタMVに所属し世界選手権の年間チャンピオンとなった北野がその後,急速に台頭,圧倒的な力でレース界を席巻してゆくホンダ,ヤマハ等のメーカーと絶望的な戦いを繰り広げてゆく姿が描かれています.1960年MVのドライバーとして初の世界チャンピオン(クラスは350cc)を獲得した北野は翌年(350cc,500cc),翌々年(500cc)も続けてMVのドライバーとして世界チャンピオンを獲得しています.
この小説の中で描かれているレースの結果,マシンの性能はほぼ事実通りなのですがこの頃ホンダを中心とする日本メーカーが世界選手権に参加,まずは小排気量(50cc,125cc,250cc)を中心に急速に実力をつけてきていたのです.特にホンダは多気筒化により,高回転・高出力のエンジンを開発しました.それまで単気筒や2気筒エンジンしか存在しなかった小排気量クラスで4気筒,6気筒のエンジンを製作,その絶対的パワーでヨーロッパのチームを圧倒したのでした.(もちろん,このようなエンジンは構造がおそろしく複雑になります.それは「時計のように精密なエンジン」と称されその多気筒が出す独特の排気音は,尊敬の念を持って,「ホンダミュージック」と呼ばれたのでした.)
これらの日本メーカーの台頭を目の当たりにしたMVは1961年をもって世界選手権から撤退してしまったのです.(61年,62年北野はプライベートとして参加)上記小説では63年に乗る車がなくなった北野にイタリアの小チームモリーニがオファーをだしました.小チームではあるが,意気に感じた北野は63年シーズンをモリーニ(クラスは250cc)で戦う決心をします.
以上は小説の上での話ですが,1963年の世界選手権に実際にモリーニチームから参加したのがイタリア人ライダーのタルキオ・ブロビーニでした.