このようにホンダ第2期F1活動期は、レースという戦いの
場を情報化、ハイテク化した時代であると言えるわけですが、
セナはその先端に関わりつつ、またその限界も示してくれました。
伝統的な、自動車のアクセル系は足元のアクセルから機械的に
ロッドやワイヤーがつながっていてそれがエンジンまで繋がっ
ている関係上その配置には、どうしても制限がついていました。
ところで、最近飛行機ではアクセルは単なる電気的なボリューム
になっており、その信号を電気的にエンジンに伝える配線は
自由に配置できます(フライバイワイヤ方式)。そこでF1にも
このフライバイワイヤ方式が取り入れられるようになったのですが
セナのアクセルワークはあまりに素早くまた微妙であったため
配線内のノイズと認識されることがありました。
このような誤認識をなくすためにホンダの技術者は大変な
苦労をしたということです。
私はこのような話が大好きで、感動すら覚えます。
あらゆる可能な技術を投入したマシンと、そして
なおその限界を明らかにしてくれる人間の能力。
私がレースに期待しているのはこのようなテクノロジーと
人間の感性の高度な融合なのだな、と思います。
あまりにハイテク化が進んだF1はその開発に巨額の資金を
要するようになります。1994年にこのような状況を改めるための
第一歩として、アクティブサスペンションが禁止されます。
これは車の走行状態をセンサーで感知し、それをコンピュターで
解析してそれに基づき車の最適な状態(前後左右の傾きなど)
を制御するというシステムです。当時のF1カーは特に流体力学に
基づいた空力ボディーの開発が進んでいました。このような
車は姿勢がある(狭い)範囲の中に収まっているときは
ずば抜けた速さを発揮する反面、その範囲を外れるとまったく
コントラールが効かなくなるという、まさに綱渡り的な
バランスの上に支えられている代物でした。そのような
車から姿勢制御のための仕組みだけを取り除けばどのような
事が起こるかは容易に想像がつくでしょう。
1994年のシーズンは当初から大きな事故が続けて起こり、
深い傷をおうドライバー、そして死亡するドライバーが
続出しました。
そして1994年5月1日のイタリアグランプリで時速300Kmオーバー
でコーナリングを開始したセナの車は突然コントロールを失い
コースを外れ、壁に激突、セナはほぼ即死と言っていい
状態で亡くなったのでした。
この事故のあと私のF1への興味は急速に失われて行きました。