2023年11月2日木曜日

教科国際で学ぶ異文化理解の目指すものについて

(以下は本校の育友会の発行している冊子に寄稿した文章を若干改変したものです。

 1984年、当時大学院の博士課程に在学中であった26歳の私は、幸運にもアメリカに一年間留学をする機会をいただくことができました。これは私にとって初めての親元を離れた一人暮らしの経験であり、不安を抱えての出国でしたが、留学先のカリフォルニア大学バークレー校にある研究所では、世界的な数学者たちの研究を間近でみることができ、学問的にとても有意義なものになりました。ただ後になって振り返ってみると、この留学を通じての最も大切な学びは、海外の人と毎日の生活を共にすることによって「アメリカに住んでいる人たちも私と同じ人間なんだ」ということを心から実感できたことだったように思います。「何を、当たり前のことを言っているんだ」と言われそうですが、留学前の私にとってアメリカという国やそこに暮らす人々は、映像や文章を通してだけ触れることができる、まるで夢の国のような遠い世界だったのです。アメリカに到着したばかりの私には、そこにいる人々が、私と同じように笑い、怒り、悲しむごく普通の人間であることを想像することがきませんでした。そして、この「彼らも同じ人間だ」という実感を持てたことは、その後私が海外の人たちと接する時の大きな助けとなったように思います。

ところで、東ヨーロッパで黒海の北に位置するウクライナは肥沃な土地に恵まれ、「ヨーロッパの穀倉地帯」と呼ばれる豊かな農地とそこで生産された穀物を輸出するための良港を持っています。ただし、国の大半が平地であるため、外部からの侵入を受けやすく、歴史的にこの豊かな土地を狙う周辺国による支配・分割を受け続けてきました。比較的最近の事例では、ソビエト社会主義国連邦(ソ連)はウクライナを完全に取り込みウクライナ文化や言語を抑圧、さらに集団農業を導入しました。この影響で1932年から1933年にかけては、ウクライナではホロドモールと呼ばれる大飢饉が発生、数百万人のウクライナ人が餓死しました。また1939年に始まった第二次世界大戦では、ウクライナはナチス・ドイツに占領されました。このときウクライナの人々はナチスがソ連の支配から解放してくれることを期待していましたが、実際にはソ連に劣らない厳しい迫害が続きました。第二次世界大戦後、ウクライナは再びソ連に取り込まれてしまいました。ウクライナ人にとって自分たちの独立国を持つことは長年の夢でしたが、1991年にソ連が崩壊しついに念願の独立が実現したのでした。ただし、この新しく建国されたウクライナも依然として資本主義を理念とする西側諸国と、旧ソ連に所属していた諸国の間の争いに巻き込まれ続けています。特に、ソ連時代に多くのロシア人がウクライナに移住しており、その存在は現在ロシアがウクライナに侵攻する口実になっています。

さて、昨年度本校の2星の担任をされていた朝倉先生は、戦禍を逃れて奈良に避難中のウクライナ人学生ヴィクトリアさんと一緒に2星のしごと学習を実施しておられました。この取り組みでは、ウクライナの生活に関する独自学習・相互学習を繰り返すとともに2022年11月28日、12月19日、2023年2月21日の3回にわたってヴィクトリアさんに来校いただき対面の授業を行ったそうです(なお、2月21日にはNHKによるテレビ取材が行われました)。対面ではウクライナ料理のシルニキを作ったり、逆に日本のおにぎりをヴィクトリアさんに作ってもらったりしましたが、事前にヴィクトリアさんにシルニキのトッピングなどに関する質問をする方法について考え、実際に質問をする練習をしたり、またヴィクトリアさんが本校に来る時の助けになる地図を作ったり、ヴィクトリアさんが日本で不自由と感じていることを質問したりする練習などの学習をしていたとのことです。

豊かな大地を持つが故に、周辺国から蹂躙され続け、今もロシアからの侵攻に苦しんでいるウクライナに対して、海という天然の要塞に守られた島国である日本に住む私たちは、ウクライナの人たちが世代を超えて感じ続けている痛みを実感として理解するのは難しいのかもしれません。ましてや小学2年生の子どもたちに人為的に描かれた国境で区切られた国々の集合体であるヨーロッパが抱える、政治的・歴史的苦悩とそれに起因する人々の痛みを知識として理解することはほとんど不可能でしょう。しかし、子供たちは今回の学習で、私が26歳でようやく実感することのできた「アメリカに住んでいる人たちも私と同じ人間である」という感覚に匹敵するものを、知ることができたように思います。子どもたちにとって英語やウクライナ語は、それを使うこと自体が目的ではなく、ヴィクトリアさんとコミュニケーションを取るための媒体という機能があり、それを実現するには形式的な発音や表現を覚えるという技巧を超えた深い考察が必要だったのです。そして、それはヴィクトリアさんがより便利に奈良で生活できる方法を探るために、実際に利用されたのでした。

今の子供たちが、世の中で活躍する頃には人類はどのようになっているのでしょうか。願わくば世界中の人々がその多様性を互いに尊重しあった上で、真の国際相互理解ができる平和な時代が来てほしいものです。子供たちが成長し、世界の様々な場所で働く際に、そのような世界を作ることに貢献できる人材となることを願っています。そしてそれが教科国際の目標であり、私たち教育者が今探求すべき課題なのであり、そしてそのためには、今回朝倉先生が取り組んでおられるような教育こそが大切になるのではないか、などと感じています。