(以下は本校の育友会の発行している冊子に寄稿した文章を若干改変したものです。)
2021年1月、それまでの大学入試センター試験を引き継ぐ形で、大学入学共通テスト(以下、共通テスト)が実施されています。コロナ禍の影響もあり大混乱の中で行われた第一回目のそれは、大学入試センターとはあまり大きな変化はなかったような印象でした。ところが、2022年1月に行われた第二回テストでは一転して難易度が上がり平均点が大幅に低下、受験関係者をパニックに陥れたのでした。特に目立ったのは数学の難化で科目「数I・A」では平均点が約20点下がりました。具体的にはどんな問題が出たのか、ここで数I・Aの問題を少しご紹介します。ここで「数学の問題」と聞いてこの小文を読むのをやめてしまう方がおられるのではないかと心配しております。なるべく数式は使わない説明をするつもりですが、「数学の話は見るのも嫌」という方は次の段落を飛ばしていただいても趣旨は理解できますので、あまり気にせずに先にお進みください。
この問題はハイキングに来た太郎くんと花子さんの会話で構成されており、その中で直角を挟んで底辺の長さが1、高さが0.2867の直角三角形の縮図が出てきます。ただし、この三角形は本物を縮尺したものではなく、本物の三角形を水平方向には10万分の1、高さ方向には2万5千分の1に縮尺したものになっています。この時、本物の三角形の底辺と高さの比を求めなさい、というのがこの問題の実質的な内容となっています。参考までに解答の概要を紹介すると水平方向の縮尺は10万分の1ですから、本当の三角形の底辺の長さは10万、高さ方向の縮尺は2万5千分の1ですから本当の高さは0.2867×25000=286.7×25=7,167.5となります。よって本物の三角形の高さと底辺との比(の値)は7,167.5÷100,000=0.071675となり、これを使えば答えを導くことができます。
以上ごちゃごちゃと説明をしましたが、ポイントはこの問題は高校で習う三角関数に関するものですが、実質的な計算の部分は小学生にもできる比の考え方と掛け算と割り算であったと言うことです。ではなぜ2022年に、共通テストの問題はこのような変化したのか、そしてこの変化をどう理解すべきか、考察したいと思います。
2022年6月2日に内閣府は「Society5.0の実現に向けた政策パッケージ」(以下「政策パッケージ」)と題された資料を発表しています(なお、Society 5.0というのは、「IoTやAIによるビッグデータ活用・自動化によって起こる技術革新が実現する超スマート社会」とされており、政府はこの実現を日本の目標と位置付けています)が、この資料の8頁では「私たちを取り巻く社会構造のこれからの変化」を説明したポンチ絵が挙げられています。その中で左側(:これまでの世界)には人が縦に積み上がったピラミット型の組織の図が描かれ、右側(:これからの世界)ではフラットに広がった人たちが、分野・業界を超えて連携して問題に取り組んでいる姿が描かれています。さらにその時に必要とされる素養は「分野と関係なく一気に解けるアプローチ」により「分野や業界を超えた「よそ者」と一緒にパートナーとなり」思考・発想できる力、とされています。この文書では、これからの世界の人々のあるべき姿このように想定し、これからの教育ではこのような社会で活躍できる人材の育成を目指すべきとしています。
このような課題を受けて私たち教育者はこどもたちにどのような力をつけてもらうようにすべきか?このことを考えた時に私にはまず2003年のPISAショックと呼ばれる出来事が思い出されます。OECD(経済協力開発機構)は3年ごとにPISAと呼ばれる国際的な学習到達度調査を実施していますが、日本はこの調査の数学的リテラシーの部門で2000年に1位だったのが、2003年には6位に転落、読解力に至っては14位となり、これが契機となってそれまでの「ゆとり教育」から「脱ゆとり教育」へと転換し、授業時間や教える内容の増加、さらに、全国学力テストの復活にもつながった、と言われています。この頃は、PISAで好成績を挙げたフィンランドの数学教育に注目が集まり、多くの研究者により様々な考察がなされています。例えばフィンランドでは数学の学びを4つのカテゴリーに分けてその中の「数字を扱うスキル(を身につける)」では、小学校では足し算の学習で「2+□=7の時、□は何ですか?」といった問題を取り扱う、といったことなどが紹介されていました。その後日本でもこのような学習方法が導入されていますが、走馬看花と言うのは失礼ですが、その本質がどこまで理解され実行されているのか、いま一つよくわかりません。
そのようなことを考えている中、昨年(2022年)本校で実施した「学習研究集会」で、本校の河田学級の公開授業、1年生の(「けいこ(算数)」)の学習を拝見しました。そこで河田先生は「1+1」、「1+2」、・・・、「9+1」といった一桁の数の足し算が書かれた45枚のカードを使って「これをきれいに並べなさい」という課題を出しておられました。私はこの「きれいに」という言葉を聞いた時19世紀から20世紀にかけて活躍したフランスの数学者ポアンカレの次のような言葉を思い出しました:
一体、数学上の発見とは何であろうか。(中略)発見とは識別であり選択である。(中略)有用な組み合わせとは正にもっとも優美な組合せである。(ポアンカレ『科学と方法』)
一般的に数学は「論理的な学問」あるいは「論理的思考力を訓練するための科目」と呼ばれていますが、一流の数学者は数学の本質を「美的感覚」と考えています。その意味で私は河田先生が子どもたちに出された問いはこれまでの算数・数学教育を本質的に超える可能性を秘めたもの、そしてそれが今教育界に求められているものの本質である、と感じています。
