2019年12月22日日曜日

サピエンス全史的視点からみたSociety 5.0の意義について


12月14日に開催された「数学・物理学・情報科学の研究交流シンポジウム」という集会で”サピエンス全史的視点から見たSociety 5.0の意義とポアンカレ埋め込みを用いた会話分析の紹介”という題目で講演しました.後半の「ポアンカレ埋め込みを用いた会話分析の紹介」は大学院生の鈴木ひかるさんの研究の紹介です.以下のポストで講演の前半部分内容を紹介します.


1.Society 5.0
 Society 5.0というのは第5期(2016年〜2020年)の日本科学技術基本法(*)にキャッチフレーズとして登場しました.なお,Society 5.0の具体的な定義は無いよう見えます.この表現は日本独特のものではないかと思います.2019年6月に閣議決定された「総合イノベーション戦略2019」(*)と言う報告です。ここではSociety 5.0の実現を我が国の目標と定め、そのために必要となる政策の方針について書かれています。

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(*)日本科学技術基本法
日本科学技術基本法(第5期)は

にあります.

(*)統合イノベーション戦略2019
統合イノベーション戦略2019の本文は


にあります.
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このSociety 5.0とは一体何なのか,どうも具体的なイメージが掴めないのでとりあえず検索したところまずはSociety 1.0〜4.0は次のように規定されています。

Society 1.0(狩猟社会),
Society 2.0(農耕社会),
Society 3.0(工業社会),
Society 4.0(情報社会).

そして、Society 5.0というのは、

IoTやAIによるビッグデータ活用・自動化によって起こる技術革新が実現する超スマート社会

と述べられています。これによって具体的に何が実現するか、という点については次のような例が挙げられています、

・遠隔医療
・ハイテク農業
・無人店舗

あくまでも個人的な意見ですが,これをもって農業革命や,工業革命に匹敵する社会構造の変化と捉えるのは違和感を感じます.但し,私自身は、この「Society 5.0」には単なる技術革新以上の可能性を感じており、「いま大きな変革の時期にある」、そして特に「若い人たちが今判断を間違えると大きな損をする可能性がある」ように思います。今日はそのあたりの私の考えついて皆さんに知っていただきたくお話をさせていただきます。

2.認知革命とSociety 1.0, 2.0
さて本講演の題目に挙げている「サピエンス全史」ですが世界で1200万部以上(2019年末)の売上を上げているベストセラーで著者のユヴァル・ノア・ハラリはイスラエル・ヘブライ大学の歴史学教授です.この本は、我々人類(ホモ・サピエンス)の歴史を壮大な視点で概観し、そしてその未来について問いかけています.彼はこの本の書き出しの部分でこの本の視点を「スパイ衛星の視点」(*)、と呼んでいます。

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(*)スパイ衛星の視点
ちなみに今から40年ほど前(1976年)に出版された「利己的な遺伝子」で著者のリチャード・ドーキンスは,「人間を含めたすべての生物は遺伝子の乗り物に過ぎない」,と述べ,生き物のすべての活動は遺伝子が自分たちを残そうとする「利己的な戦略」に基づく,と主張(なおこのような考えを個体淘汰説または遺伝子淘汰説といいこれの対極とする考え方に群淘汰説があります)当時大きな議論の的になりました.ドーキンスはこの本について「(鳥の目で見る:俯瞰的,のではなく)遺伝子瞰的な視点」と言っています.ハラリは別の出版(21 Lessons)でドーキンスについては言及していますが,「スパイ衛星の視点」というのはもしかしたらこれを意識した言葉なのかもしれません.
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では,その「スパイ衛星の視点」とはどういうものか見てみましょう.

サピエンス全史の書き出しは700万年前にヒト(ホモ属)とチンパンジーが分化したところから始まります.現人類のホモ・サピエンスの最古の先祖であるアウストラロピテクスは今から約400万年前〜200万年前にアフリカ東部に現れました。身長は120センチから140センチほどで脳の重さは500ccくらい(ホモ・サピエンスは1200〜1400ccくらい)ですが直立歩行をし簡単な石器を使っていたと言われます。彼らは決して強靭な体も、敏捷性も持たず植物を中心に、小動物や、肉食動物の食べ残した動物の骨を石器で割ってその髄を食べて地味に生きているニッチな存在でした。やがて250万年くらい前にその一部はアフリカを出て,ヨーロッパ、東南アジア、オーストラリアに進出、その先でいろいろなホモ属(*)に分化(地球上にはすくなくとも20数種類のホモ属が存在していたと言われています)してゆきます。

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(*)ホモ属
我々は分類上はホモ属というカテゴリーに属します.種という概念はこの”属”をさらに細かく分けるもので,例えば,「ホモ属はホモ・サピエンス,ホモ・ネアンデルターレンシス(ネアンデルタール人),ホモ・エレクトス(北京原人,ジャワ原人),ホモ・フローレシエンシス等の種に分かれる」,といった使い方をします.種の違いというのは,「異なる種の間では子孫を残せない,あるいは子どもは作れるがその次の世代はできない」という特性があるそうです.ただこれに関しては2010年にScienceに発表された論文で,現代人の遺伝子の中には2%〜5%(:この割合は人によって異なります.現在のアフリカの人々の中には,ネアンデルタール人の遺伝子を持たない者もいるそうです)ネアンデルタール人の遺伝子が混じっていることが報告されました.ホモ・サピエンスとネアンデルタール人の交雑はかろうじて可能であったようです.
なお,これも最近の話題ですが,2008年に4万1千年前のものと思われる新たなホモ属の骨がロシア・アルタイ地方のデニソワ洞窟で発見されています(デニソワ人).彼らは現生人類の一部(日本人も含まれるという情報もあります)と遺伝子情報を部分的に共有する可能性が高い,とのことです.
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これらのホモ属の脳の容量は次第に増加し、80万年~30万年前には道具・火を使い、言葉を獲得し簡単な会話をしていたと言われています。ホモ・サピエンスは今から約7万年前にアフリカから移動を始め一部はインドを経て東南アジア、オーストラリアにまた一部はシベリア、アラスカを経て、北アメリカ、1万3千年前には,ついに南アメリカに南端に到達,世界中に拡散しました.なお,ホモ・サピエンスに先立ってアフリカを出て各地に定着していた他のホモ属たちですが,彼らはホモ・サピエンスがやってきた途端に絶滅をしています。なぜ彼らは絶滅しなければならなかったのか,その確かな理由はまだわかっていませんが,ハラリはホモ・サピエンスは言語の使い方が変わり(*)、彼らが虚構(嘘)を共有できるようになったことがその鍵ではないかと述べています。ここで虚構というのは例えば:

・我々は特別な集団だ。
・勇敢に戦って死んだものは死後に今よりもずっと素晴らしい世界に行ける。

といった主張のことです.ポイントは架空の事実に基づく思考や抽象的な思考による「虚構」を通して、ダンバー数(*)を超えて互いに協力できる仲間の人数が限りなく多くなったということです。ネアンデルタール人は個体だけを見ると,ホモ・サピエンスより優れた体力,知力(脳の容量はホモ・サピエンスより大きかったことよりそのように推察されています)を持っていましたが彼らは20名〜50名程度の集団で生活していたのに対して,ホモ・サピエンスは時として200人程度の集団を形成していたと言われています.ハラリはこの言語の使い方の変化を「認知革命」と呼んでいます。

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(*)言語の使い方の変化と記憶のメカニズム
このような言語の使い方の変化がいつ起こったのかは,分かっていません(実際問題,このようなことを知るのは不可能でしょう)が,キース・デブリンは「数学する遺伝子」(310頁)の中で「このような変化が起きたのははおそらく20万年から7万5千年前の間だろう」と述べています.また,デイビッド・リンデンは認知の基本となる記憶のメカニズムがどのように作られたのかについて,次のように述べています:

記憶のメカニズムは,始めからその目的でつくられたというより,進化の過程で場当たり的に作られたものの借用,転用と捉えるのが正しいだろう.胎児期から乳幼児期にかけての発達段階では,脳の「配線」がおこなわれるわけだが,記憶のメカニズムは,おそらく,この配線のメカニズムを転用したものだろう.
(デイビッド・リンデン「つぎはぎだらけの脳と心」188頁)

なお,骨格などを調べると、ネアンデルタール人はホモ・サピエンスに比べて喉仏の位置が高くなっていたと想像されています.そのため母音の発音がうまくできなく、複雑な言語の使用は難しかったのではないかと言う説があります。(NHKドキュメンタリー地球大進化「第6集ヒト」)

(*)ダンバー数
ダンバー数というのは,人を含めた霊長類が集団を作るときに,手段としてのまとまりを作ることができる上限数を意味しており,概ね150程度と言われています.
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なお,ここで少し話は横道にそれますが,キース・デブリンは「数学する遺伝子」の中で数学をする能力,というのは言語的な能力,特に噂話(ゴシップ)を語る能力に他ならないと述べています.

このように世界全体に拡散した人類ですが,彼らは各地に定住・農耕を始めます(農業革命=Society 2.0の始まり).「サピエンス全史」の第4章はこの農業革命について論じられていますが,この講演の流れからは外れるのでこのテーマの詳しい紹介は止めておきますが,実はこのパートは「サピエンス全史」の中で最も面白い部分ですのでその要約だけ以下に紹介しておきます.

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農業革命:
1万3千年前に地球全体に広がったホモ・サピエンスはやがて定住し農業を始めます。ところで最近の人類学の研究で現代人の体格、脳の容積の平均はは狩猟生活を行っていた頃のそれよりも劣っている、ということが明らかになっています。これは狩猟民族は、体力的にも頭脳的にも優秀な人間でなければ生きていけない世界であったのに対して、農耕民族はそれほどの能力を必要とせず、少々体力的知力的に劣っていても、とにかくたくさんの人間がいればたくさんの農作物が生産できる世界,と言うことができますが,その見返りとしてホモ・サピエンスは

・長時間の重労働を強いられるようになった,
・多様な食物から単一の作物に依存する食生活へ変化し栄養が偏るようになった,
・土地を巡る争いの発生し戦いで死ぬ割合が高くなった(当時の人々の約30%が戦いで死亡していたと言われています)

という負の側面が生まれてきました.ハラリは結論として農業革命で種として最も成功を収めたのは小麦であり,これは人類史上最大の詐欺であった,と述べています.
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ここからの話はヨーロッパの価値観を中心とした話になります.
農耕が始まったことにより,ホモ・サピエンスの生活は安定し人口はどんどん増えていき彼らが形成する集団も巨大になっていきますが,それをまとめるためにより大きな虚構が必要となってきます.ハラリは人間を統一するする3つの普遍的秩序として
1.貨幣
2.帝国
3.宗教
を挙げそれぞれについて一章(第10章,第11章,第12章)を費やして解説しています.この中でも「宗教」は人間の生きる目的の規範を与えるという意味で特に重要ですが,これは今回のお話の中でも特に重要jな役目を果たすのでちょっと覚えておいてください.

さて,このように発展してきたホモ・サピエンスですが,その基盤は限られた資源・エネルギーによっていました.土地は広さが限られていましたし,エネルギーは基本的に太陽エネルギーしかありませんでした.人々が栄養を得るための食料は太陽と水から作られる農作物,及び植物を食べて育った家畜の肉,そして燃料もまた太陽と水から作られる木を燃やすことによって得られたのです.そのため社会はある集団が豊かになれば,他のどこかの集団が貧しくなるというゼロサムゲームの構造であり,やがて社会の活気は失われ停滞していったのです.これが徹底したのがいわゆる中世ヨーロッパの暗黒時代でそこでの人々の行動規範は,

「神はすべてを知っている,そして神が知らないことは重要ではない,」

という価値観で具体的にはキリスト教カトリックによる天動説や創造論等が支配,これに逆らうことは許されていませんでした.