1960年代アメリカ合衆国(アメリカ)とソビエト社会主義共和国連邦(ソ連)の間では、冷戦(核兵器の発達により大国間の直接的な戦闘が不可能となった状態)を背景に、宇宙開発競争と呼ばれる技術開発競争が行われていました。1957年世界初の人口衛星打ち上げに成功したソ連は当初この競争でアメリカをリードし続けていたのでした。この技術は核ミサイルの開発に結びつくものであり、このことは一般市民を含めたアメリカ社会に大きな脅威となりました(この時の衝撃は人工衛星の名前にちなんでスプートニク・ショックとよばれています)。これに対抗することはアメリカにとって国家的な関心事となりましたが、その頃の世の中の一般的な見解ではソ連では西欧とは違った理論に基づく高度な科学教育が行われており、それがソ連の競争力の源になっているのだ、と思われていたようです。アメリカはこれに対抗するためにその一環として数学・理科教育の充実が図られました。