2013年12月10日火曜日

暗号について:NHK「生かされなかった極秘情報」に関して(2)

さて1945年の日本に話を戻します。当時日本軍は東京にある
諜報基地でアメリカ軍の発する無線通信を24時間聞き取り、
その特徴を見つけて爆撃地を予想していました。例えば、爆撃に
あたっては爆弾を積んだB29がいきなりやってくるというわけ
ではなく、まずは一機のB29がやってきて爆撃予定地を通過して
短い無線を発するということがわかります。そこでこのB29は
爆撃予定地の天候をまず調べてその上方を後続の部隊におくってい
る、という事が想像できる訳です。さてそのような情報を集めて
いるうちにアメリカ軍の使っている無線のコールサイン(無線の
本文は暗号化されていましたが、無線の最初にコールサインという
各飛行機に固有の符号が入っていたのです)がVから始まりそれに
3桁の数字例えば567が続いた形をしていることに気が付きます。
さらに情報を集めると400番代の数字はサイパン島の部隊のもの、
500番台の数字はグアム、700番代はテニアンという島の部隊
のもの、ということが分かってきました。またこの番号か各爆撃機
に割り当てられているので、この番号を丹念に拾うことによりその
部隊の規模、失った飛行機の数なども知ることができたと言います。

さてこのように情報を集めていた諜報局ですが、やがてそれまで
とは異なる新しい部隊が現れたことに気が付きます。その部隊は
ハワイのホノルルを1945年6月に出発、その時にアメリカの
首都ワシントンに向けてかなり長文の無線を送っていたのです。
このようなことは爆撃機の行動としてはかなり異例のことでした。
またそのコールサインは600番代でこれまでの部隊のどれとも
異なるものでした。しかもこの部隊は10機あまりの爆撃機しか
持たない非常に小さいものでした。この奇妙な部隊の出現に諜報局
に緊張が走りました。

やがてこの部隊はテニアンに当着、7月に入ると日本近海まできて
引き返すという行動を繰り返すようになります。それはまるで何か
の訓練をしているようでした。そして1945年8月6日午前3時
B29がテニアン島を出発、その時にワシントンに向けて短い無電
を送ったことが日本軍の諜報局によって観察されています。この
B29の部隊は硫黄島を通過するときに「ワレモクテキチニチカ
ズケリ」という無線電文を発していることも日本軍は掴んでしました
(なお、このB29の部隊の話はNHK特集で放映(「生かされなかっ
た極秘情報」)されていたのでご覧になった方もしれません。この
番組では私が知らなかった事実も色々紹介されていて非常に面白
かったです。例えばこの無線を実際に捉えたのは陸軍少佐の堀栄三
という方で、もうこの人は故人ですが、その人が生前にかたった
テープが実家の奈良県五條市に残っているという話などこの番組で
初めて知ることができました。)。この600番代のコールサイン
をもつB29の部隊はやがて、四国を通過、そしてこの部隊の中の
一機が午後7時過ぎに広島上空に現れ、短い電文を発します。それ
に続いて午前8時過ぎに2機のB29が広島上空に現れ、8時16分
に一発の爆弾を投下します。B29の名前はエノラ・ゲイ、そして投下
された爆弾は世界で初めて実戦で使用された原子爆弾だったのです。