本日は、ご来賓や保護者の皆様をお迎えし、第111回卒業証書授与式を挙行できますことは、生徒、職員一同にとりましてまことにありがたく大きな喜びとするところであります。
ご臨席の皆様方に、心から感謝申し上げます。
また、この間、お子様を育み、支えてこられた保護者の皆様方には、改めてお喜び申し上げます。
卒業生の皆さんは、明日から新しい生活への希望を胸に、中学校へと進学されます。
皆さんのこの門出にあたり私からお祝いの言葉お送りしたいと思います。
皆さんは小学校生活最後の二年間をコロナ禍の中で過ごしてきました。
そのためにスキー合宿、臨海合宿、しごと合宿といった行事が実施できませんでした。
本当に残念だったと思います。
これは皆さんの小学生生活の総まとめでありそれが実施できないことは私たち教員も残念というだけでなく悔しさ、そして皆さんに対する申し訳なさの気持ちでいっぱいです。
でもそんな中でもようやく実施できた、運動会、なかよし音楽会では素晴らしい発表を見せて下さったこと本当に本当に嬉しかったです。
特に先生に印象に残っているのは運動会で皆さんが見せて下さったダンスでした。
皆さんは運動会の三週間くらい前から運動場での練習を始めていましたね。
そこで皆さんは5年生とペアになって、片方が練習している時にもう片方の学年がそれを観察していて終わったら意見を交換し日ごとにダンスが成長していきました。
ところでひとと人が接触するやり方には「ふれる」や「さわる」や「たたく」など様々な方法があります。
美学者の伊藤亜沙先生は人と人が接触するやりかたのうち「ふれる」を特別なものと考えて次のようにおっしゃっています。
「ふれる」という言葉には、相手の命に接触するように大切にする気持ちがある。
怪我をした友達がすぐ近くにいると思ってください。お医者さんは、その傷に「さわって」、傷の具合を調べるでしょう。でも皆さんは、この傷に「さわった」らは相手がどんな反応するだろうか、もしかしたら「痛い!」と言って飛び上がるんじゃないか?、ということを気に掛けておそるおそる傷にさわるのではないでしょうか。この時の友達への思いやりの気持ちが「ふれる」という感覚です。
そして先ほどのダンスですが、運動会当日拝見した皆さんのダンスはまさしく命にふれることを感じさせてくれるもので、先生がこれまで見たことのないような、素晴らしいものであった事に感激しました。
「ああ、皆さんはこのダンス通して皆さんは「ふれる」を通した人とのやりとりを勉強したのだ」
と思いました。振り返っってみると皆さんは本校で六年間毎日
おはなし、つけたし、おたずね
を、そして授業中には
めあて、ふりかえり
を繰り返してきましたね。そのやり取りの中で皆さんは
「あの子のお話は、こんなつけたしをしてあげるともっと、わかりやすくなるよ」
などということを考えたのではないでしょうか。また司会をしている時には
「あの子は面白そうなおたずねをしそうだから話してもらえないかな」
などということを考えていたのではないでしょうか。このようなことを気にしながら朝の会や授業を盛り上げていこうとすることは、人とのやり取りおける「ふれる」という感覚なのだと思います。
いま世界はコロナ禍というとても難しい状況下にあります。国によって色々な違うやり方で対策をしていましす。その中では「ふれる」や「さわる」よりもっと強いそれこそ「たたく」とか「ける」と言う言葉で表現したいようなやり方で人々を統制しようとした国もあります。
(これらの評価については、これから何年もかけてなされるのだと思いますので、ここでどれが良いとか悪いとかを述べるのは控えたいと思います。)
一方でいま現在一つの国を丸ごと蹂躙するという戦争が進行しています。
このようなことを見ていると私はこの世界はいま大きな十字路に立っているように感じます。
こちらに曲がるのかあちらに曲がるのかで世界は大きく変わっていくそんな状況にあると思います。
このような難しい時代に皆さんは
「人にふれる力」
という宝物をもって飛び立っていくのだと思っています。
本校で身につけた「ふれる力」は皆さんにとって大きな助けになると先生は信じています。
未来は皆さんのものです。そして先生は皆さんの力に大きな期待をしています。
皆さんの未来が幸多からんことをお祈りしています。
頑張ってください。